ベリャーエフ・サークル

ベリャーエフ・サークル（ロシア語: Беляевский кружок）は、1885年から1908年にかけてロシアのサンクトペテルブルクで活動した音楽家たちの団体です。このサークルは、材木商でありアマチュア音楽家、そして熱心な篤志家であったミトロファン・ベリャーエフによって支援され、彼の名にちなんで名付けられました。ベリャーエフはロシアの音楽家たちの作品の出版や演奏機会の提供に多大な貢献をしました。

ベリャーエフは、19世紀後半のロシアに現れた多くの新たな芸術パトロンの一人でした。彼は文化を通じて社会に貢献することを望み、特にロシア国内の才能、とりわけ「ロシアらしさ」を表現する芸術家を積極的に支援しました。アマチュアのヴィオラ奏者として室内楽を愛し、自宅で定期的に「四重奏の金曜日」と呼ばれる音楽会を開き、ニコライ・リムスキー＝コルサコフらが参加しました。彼の音楽支援は、若きアレクサンドル・グラズノフの才能に感銘を受けたことから始まり、グラズノフの作品出版や演奏旅行を後援しました。ベリャーエフはグラズノフ以外にも支援を広げ、1884年にはミハイル・グリンカを記念する音楽賞を創設。1885年にはドイツのライプツィヒに自身の音楽出版社を設立し、国際的な著作権保護と高品質な印刷を実現しました。さらに、リムスキー＝コルサコフの助言でロシア作曲家のための「ロシア交響楽演奏会」シリーズを開始しました。支援対象の選定のため、ベリャーエフはリムスキー＝コルサコフ、グラズノフ、アナトーリ・リャードフからなる諮問委員会を設け、彼らが作品を審査しました。

ベリャーエフ・サークルは、先行するロシア5人組が確立したロシア国民楽派の伝統を受け継ぎました。彼らはロシアの民謡や異国風の要素を作品に取り入れ、独自の「ロシア様式」を追求しました。しかし、5人組が西欧的な音楽院教育の価値を否定したのに対し、サークルの音楽家たちはアカデミックな教育の必要性を認めました。これは、メンバーの多くがサンクトペテルブルク音楽院でリムスキー＝コルサコフに師事していた影響です。また、彼らはチャイコフスキーの音楽などを通じて西欧の影響にも比較的寛容で、音楽に折衷主義的な傾向が見られました。それでも、民謡素材の扱い方や色彩的な和声法など、5人組の作曲技法を継承しました。

サークルはサンクトペテルブルクの音楽界に強い影響力を持ちました。ベリャーエフからの支援を受けるには、リムスキー＝コルサコフら顧問が認める音楽様式で作曲することが求められました。リムスキー＝コルサコフの書法が規範となり、若い作曲家はこれを模範としました。サークルはベリャーエフの経済力を背景に、音楽教育、創作、演奏、出版を統括する組織として機能しました。特に、音楽院の有望な学生はサークルに招かれ、支援による出版や演奏機会を得ることができました。彼らの哲学は、コスモポリタニズムを掲げた雑誌『芸術世界』とは対立し、個人の創造性の表現としての芸術を重視しました。

一方で、サークルには批判もありました。音楽学者は、サークル内に「無難な画一主義」が広まったと指摘しました。多様な人材を支援する中で、平均的な才能の作曲家も増え、彼らの作品はリムスキー＝コルサコフの書法を模倣したものが多く、批評家からは「クローン」と揶揄されることもありました。この画一化は、サークルがアカデミズムに傾倒し、特定の様式を奨励した結果と言えます。また、特定の様式に合わない作曲家に対して不寛容な態度を示すこともありました。セルゲイ・ラフマニノフの交響曲第1番が、初演時にサークルのメンバーから厳しい批判を受け、作曲家に精神的打撃を与えた事例はその一例です。

ベリャーエフ・サークルはロシア音楽史における過渡期の重要な存在です。彼らの活動は、20世紀初頭のロシア現代音楽へ繋がる道筋の一部と見なされることもありますが、モダニズムへの移行は必ずしも段階的ではなかったという見方もあります。リムスキー＝コルサコフが用いた技法は後の作曲家に影響を与えましたが、サークルの様式は特定の美学に留まりました。しかし、サンクトペテルブルク音楽院では、リムスキー＝コルサコフの門下生たちが教鞭を取り続けることで、ベリャーエフ・サークルに根差した音楽観や伝統がソビエト時代のある時期まで影響力を持ち続けました。

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