アレクサ・ワイルディング

アレクサ・ワイルディング：ラファエル前派のミューズ、その生涯とロセッティ作品への貢献

アレクサ・ワイルディング（1847年頃 - 1884年 4月25日）は、19世紀イギリスを代表するラファエル前派の画家、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作品に頻繁に登場した、謎めいた女性モデルです。ロセッティのミューズとして、エリザベス・シダル、ジェーン・モリス、ファニー・コーンフォースといった著名な女性たちよりも多くの作品でモデルを務めたにもかかわらず、彼女自身の人生や活動については、比較的知られていません。本稿では、ロセッティとの関わりを中心に、ワイルディングの生涯と、彼女の容姿や存在感がロセッティの絵画に与えた影響を考察します。

労働者階級からの出発：生い立ちとロセッティとの出会い

ワイルディングは、シュロップシャー州シュルーズベリー出身の労働者階級の家族に、1847年頃にサリーで生まれました。幼少期については詳しい記録が残されていませんが、14歳の頃にはロンドンで祖母や親戚と暮らし、裁縫師として働きながら女優を志していたようです。読み書きができるなど、当時の労働者階級の女性としては比較的恵まれた環境にあった可能性も示唆されています。

1865年、ロンドンストランド通りを歩いている際、ワイルディングはロセッティと運命的な出会いを果たします。彼女の美しさに魅せられたロセッティは、すぐにモデルを依頼。しかし、ワイルディングは最初の依頼を断り、数週間後に再会した際にようやくアトリエへと向かいました。これは当時のモデルに対する社会的な偏見や、ワイルディング自身の複雑な心情が影響していた可能性があります。

ロセッティとの永続的な関係：専属モデルとしての活躍

その後、ワイルディングはロセッティの専属モデルとなり、毎週の給与を受け取りながら、長年にわたって多くの作品にモデルとして貢献しました。ロセッティは他の画家が彼女を雇うことを恐れて、専属契約を結んだと言われています。二人の関係は純粋に仕事上のものだったと推測されますが、ロセッティが彼女を信頼し、特別な存在として見ていたことは間違いありません。ロセッティの死後、経済的に苦しい状況にあったにもかかわらず、ワイルディングは彼の墓に花輪を捧げるため旅をしたという逸話が残されています。

1881年の国勢調査によると、彼女はケンジントンに住み、2人の子供を育てていたことが記録されています。子供たちの父親は不明です。労働者階級の女性としては異例の、地主としての地位を得ていたことも注目に値します。

病気と死：37歳の夭逝

1884年 4月25日、ワイルディングは腹膜炎と極度の衰弱により37歳で亡くなりました。死の約1年前には脾臓腫瘍と診断されていたとされ、ロセッティが彼女の病気を察していた可能性も示唆されます。ブロンプトン墓地に、祖母と姪と共に埋葬されました。

ロセッティ作品におけるワイルディング：多様な表現力

ワイルディングは、ロセッティの他のモデル、例えば官能的なファニー・コーンフォースとは対照的な、エレガントで気品のある美しさを持っていました。ロセッティはワイルディングの多様な表現力を高く評価しており、いくつかの作品において、当初は他のモデルを想定していた作品にワイルディングの容姿を描き加えたり、修正を加えたりしました。例えば、『レディ・リリス』や『魔性のヴィーナス』は、当初は別の人物をモデルとして描かれていましたが、後にワイルディングの顔に描き換えられています。

ワイルディングの表現力については、ロセッティの周囲の人々の間でも評価が分かれていました。ロセッティの助手であったヘンリー・トレフリー・ダンは、彼女の表現力は乏しいと評した一方、ロセッティの弟であるウィリアム・マイケル・ロセッティは、彼女を多彩な表現力を持つモデルと見なしていました。

しかし、ダンはワイルディングの容姿を「美しく成形された特徴、静かで柔和で神秘的な安らぎに満ちた美しい顔」と絶賛し、ロセッティが長年求めていた理想的な顔だったと述べています。赤い髪、長い首、完璧な唇、そして優しい眼差しといったワイルディングの特徴は、多くのロセッティ作品から容易に読み取ることが出来ます。ただし、『祝福されし乙女』など、ロセッティが亡妻シダルをモデルとして描いたと考えられている作品では、ワイルディングの特徴はそれほど顕著ではありません。

ワイルディングを描いたロセッティの作品

ワイルディングは、ロセッティの多くの絵画や素描でモデルを務めました。代表的な作品としては、『モンナ・ヴァンナ』『レジーナ・コルディウム』『シビラ・パルミフェラ』『魔性のヴィーナス』『ベアトリーチェの死とダンテの夢』『あずまやのある牧場』『ヴェロニカ・ヴェロネーゼ』『レディ・リリス』『ラ・ギルランダータ』『愛しい人』『聖杯の乙女』『ローマの未亡人』『ラ・ベッラ・マーノ』『海の呪文』『祝福されし乙女』などがあります。これらの作品を通して、ワイルディングはロセッティの芸術世界に重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

結論

アレクサ・ワイルディングは、その生涯のほとんどが謎に包まれた人物ですが、ラファエル前派の芸術史において重要な足跡を残しました。ロセッティ作品における彼女の存在は、彼の芸術観や美的感覚を理解する上で欠かせない要素であり、今後も研究が進むことで、彼女の人生と作品への貢献がより深く明らかになることが期待されます。

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