アレクセイ・リュビモフ

アレクセイ・ボリソヴィチ・リュビモフ（Alexei Borisovich Lubimov）は、1944年9月16日にモスクワで生まれた、ロシアを代表する音楽家の一人です。彼はピアニストとしてだけでなく、チェンバリストとしても活動し、国際的な評価を得ています。

リュビモフは幼少期から音楽に才能を示し、1952年から1963年までモスクワの中央音楽学校で専門的な基礎教育を受けました。その後、名門モスクワ音楽院に進学し、1963年から1968年にかけてゲンリフ・ネイガウスとレフ・ナウモフという二人の偉大な教師に師事しました。学生時代からその実力は高く評価されており、1960年には「全ロシア若手ピアニストコンクール」で優勝したのをはじめ、その後も様々なコンクールで受賞を重ねました。

彼のキャリアにおいて特筆すべきは、当時のソ連ではまだ馴染みの薄かった西側の現代音楽を積極的に紹介したことです。アルノルト・シェーンベルク、カールハインツ・シュトックハウゼン、ピエール・ブーレーズ、ジェルジ・リゲティといった革新的な作曲家たちの作品をソ連国内で初めて演奏し、現代音楽の普及に貢献しました。しかし、こうした同時代の西側の音楽への関わりは、当時のソ連当局から強い非難を招き、彼は数年間にわたり国外での演奏活動を制限されるという厳しい状況に置かれました。

国外への渡航が妨げられた期間、リュビモフは国内での活動に注力し、音楽の新たな領域、特に古楽器への探求を深めました。これは、彼がピアニストとしてだけでなく、チェンバリストとしての活動を本格化させる重要な転機となりました。この時期には、タチアナ・グリンデンコと共にモスクワ室内楽アカデミーを設立するなど、教育やアンサンブル活動の基盤を築きました。また、自身が主宰するモスクワ・バロック四重奏団を結成し、古楽演奏の実践と研究を深めました。

リュビモフは、現代音楽と古楽器という、一見対照的な分野を高いレベルで両立させている稀有な音楽家です。特にフォルテピアノを用いた演奏には定評があり、モーツァルトのピアノソナタ全集やショパンのバラード全曲をこの楽器で録音しています。これらの録音は、作曲当時の楽器の響きを現代に伝える試みとして注目されています。

ソロ活動に加え、彼は世界各地の主要オーケストラや、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団のような古楽器アンサンブルとも定期的に共演しています。また、室内楽奏者としても非常に活発であり、アンドレアス・シュタイアー（フォルテピアノ）、ナターリア・グートマン（チェロ）、ペーター・シュライアー（テノール）、ハインリヒ・シフ（チェロ）、クリスティアン・テツラフ（ヴァイオリン）、ギドン・クレーメル（ヴァイオリン）、イワン・モニゲッティ（チェロ）、ヴィーラント・クイケン（ヴィオラ・ダ・ガンバ）といった、各分野の第一人者たちと共演し、多様な室内楽作品の演奏に取り組んでいます。

近年、リュビモフが特に情熱を注いでいる作曲家に、ウクライナのヴァレンティン・シルヴェストロフがいます。彼はシルヴェストロフ作品の熱心な擁護者であり、その音楽の普及に尽力しています。

2022年4月には、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中で、モスクワにてシルヴェストロフ作品を含むコンサートを開催しました。このコンサートは、警察当局が「爆破予告があった」という口実で強制的に中止を命じられるという異例の事態となりました。しかし、警察官に取り囲まれるという緊張した状況下にあっても、リュビモフは演奏中であったシューベルトの『即興曲 変ホ長調 作品90-2』を最後まで弾き切りました。この毅然とした行動は、音楽家としての強い意志と、困難な状況下でも音楽の力を信じる彼の姿勢を象徴するものとして、多くの人々に深い感銘を与えました。

アレクセイ・リュビモフは、その深い探求心と多様な音楽性によって、現代音楽から古楽器演奏、室内楽に至るまで幅広い分野で重要な足跡を残し続けています。政治的な圧力にも屈しない彼の音楽家としての態度は、現代社会における芸術家の役割を問いかけるものと言えるでしょう。

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