アロイス・レクサ・フォン・エーレンタール

アロイス・レクサ・フォン・エーレンタール男爵は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したオーストリア＝ハンガリー二重帝国の外交官、そして貴族でした。彼は1854年、オーストリア支配下のボヘミア地方で生まれ、外務省に入省後、パリ大使館員などを歴任しました。

エーレンタール男爵の外交における最大の功績、そして最大の過ちと言えるのが、1908年のボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合です。1878年以降、オーストリア＝ハンガリーはオスマン帝国からボスニア・ヘルツェゴヴィナ両州の行政権を委任されていました。しかし、エーレンタール男爵は、この両州を完全に併合するという大胆な外交政策を推進しました。

この決定に至る背景には、幾つかの要素が絡み合っていました。当時、オーストリア＝ハンガリーはバルカン半島における自国の影響力を拡大しようと試みていました。ロシアとの協調関係を維持しつつ、バルカンにおける自国の利益を最大化するという、微妙なバランスの上に成り立つ外交戦略を展開していたのです。1908年の青年トルコ革命によってオスマン帝国が混乱に陥ったことが、エーレンタール男爵に併合を決断させる決定的な要因となりました。

彼はロシアのイズヴォリスキー外相と極秘会談を行い、ボスフォラス海峡とダーダネルス海峡の通航権をロシアに認めさせる代わりに、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合を黙認させるという取引を持ちかけました。この取引が成立し、1908年10月5日、オーストリア＝ハンガリーはボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合を宣言しました。

しかし、この併合はセルビアの激しい反発を招きました。セルビアは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに多くのセルビア人が居住しており、併合を自国の利益に反するものとみなしていました。併合以前から、1906年に発生した「豚戦争」と呼ばれる貿易摩擦で関係が悪化していた両国の緊張は、併合によって極限に達しました。この事件は、セルビアとオーストリア＝ハンガリー間の関係を決定的に悪化させ、両国は開戦の淵に立たされました。この「ボスニア危機」は、半年以上に渡って続きました。

さらに、エーレンタール男爵の外交政策は、ロシアとの関係悪化という思わぬ結果をもたらしました。ロシアは、バルカン半島への影響力を拡大しようとしており、オーストリア＝ハンガリーの併合は、その野望を阻むものと受け止めました。結果として、ロシアとオーストリア＝ハンガリーの関係は、決定的に悪化しました。また、「豚戦争」もセルビアに有利に決着し、エーレンタール男爵の外交政策は大きな失敗に終わりました。

これらの失敗と、持病の白血病の悪化により、エーレンタール男爵は1912年、在任中にウィーンで死去しました。彼の外交政策は、第一次世界大戦勃発の遠因の一つになったと、歴史家は評価しています。エーレンタール男爵の死後、オーストリア＝ハンガリー帝国は、さらに複雑な国際情勢の渦中に巻き込まれていくことになります。彼の外交政策の成功と失敗は、後のヨーロッパ史に大きな影響を与えました。彼の生涯は、大国間の複雑な駆け引きと、その結果としての悲劇的な結末を示す、歴史的な事例として、今も研究されています。

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