アンジェリカと隠士

『アンジェリカと隠士』（独: Einsiedler und schlafende Angelica、英: Angelica and the Hermit）は、フランドルのバロック期を代表する画家ピーテル・パウル・ルーベンスが手掛けた油彩画です。制作年は1625年から1628年頃と推測されています。この作品は、イタリアの詩人ルドヴィーコ・アリオストの叙事詩『狂えるオルランド』の一場面を題材としており、現在はウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

物語の背景

『狂えるオルランド』は、カール大帝時代のキリスト教徒とサラセン人の戦いを背景に、アンジェリカと騎士オルランドの物語が展開されます。アンジェリカは、その美しさから多くの騎士を魅了し、オルランドもその一人でした。しかし、アンジェリカはオルランドの恋心を逆手に取り、彼を自身の任務から遠ざけます。オルランドはアンジェリカを追い求め、放浪の旅に出ます。

アンジェリカはその後、羊飼いのメドーロと恋に落ちますが、オルランドは彼らの愛の痕跡を発見し、絶望に陥ります。逃避行の最中、アンジェリカは魔法に通じた老隠士に遭遇します。隠士は魔法でアンジェリカを孤島に連れ去り、洞窟に匿います。そこで彼女を深い眠りに陥れ、衣服を脱がせてその姿を眺めますが、最終的には道徳的な葛藤から彼女に触れることを思いとどまります。

作品の詳細

『狂えるオルランド』は、ルーベンスの時代にも広く親しまれており、特にアンジェリカの物語は多くの芸術家を刺激しました。ルーベンスもその一人であり、本作では物語の第49詩節が描かれています。白い髪の隠士は、裸のアンジェリカの美しさに目を奪われ、驚愕しています。アンジェリカは赤いマントの上に横たわり、深く眠っています。隠士は慎重に彼女を覆うヴェールを取り除こうとしています。

画面右上には、原作にはない悪霊が描かれています。これは、魔法の力を表現するための霊的な存在であり、この場面に神秘的な雰囲気を加えています。ルーベンスは、横たわる裸婦のモチーフを何度もスケッチし、その構図を練り上げました。このモチーフは、ティツィアーノの『アンドロス島のバッカス祭』に描かれたアリアドネの姿に影響を受けたと考えられています。ルーベンスは、ティツィアーノの研究を通して、その表現力を高めたのです。

ルーベンスの『アンジェリカと隠士』は、詩的な物語と画家の優れた技巧が融合した傑作と言えるでしょう。バロック絵画ならではのドラマチックな演出と、官能的な美しさが際立っています。

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