アンジオテンシン

アンジオテンシンとは

アンジオテンシンは、体内の血圧を調整する上で中心的な役割を担うポリペプチドの一種です。主に血管を収縮させたり、体液量を増やしたりすることで血圧を上昇させる、強力な生理活性物質として知られています。「アンギオテンシン」と呼ばれることもありますが、日本薬理学会などの専門分野では「アンジオテンシン」という呼称が一般的です。

この物質は、体内における血圧や水分・電解質バランスの維持機構である「レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系」の一部として機能しており、全身の循環動態を精密に制御する上で不可欠な要素となっています。

体内での生成と種類

アンジオテンシンは、いくつかの段階を経て体内で生成されます。

1. 出発点：アンジオテンシノーゲン
アンジオテンシンのもととなるのは、主に肝臓や肥大した脂肪細胞で合成・分泌される「アンジオテンシノーゲン」という大きなタンパク質です。

2. 最初の変換：レニンによる切断
アンジオテンシノーゲンは、腎臓の傍糸球体細胞から分泌される酵素「レニン」の作用を受けます。レニンはアンジオテンシノーゲンの一部を特定の位置で切断し、アミノ酸10個からなる「アンジオテンシンI」を生成します。

3. 活性型への変換：ACEなどの働き
生成されたアンジオテンシンI自体には、強い血圧上昇作用はほとんどありません。これが強力な活性を持つ「アンジオテンシンII」へと変換される過程で重要な働きをするのが、「アンジオテンシン変換酵素（ACE）」です。ACEは、アンジオテンシンIのC末端から2つのアミノ酸を切り離すことで、アミノ酸8個からなるアンジオテンシンIIを作り出します。ACEは肺の血管内皮細胞に多く存在しますが、全身の様々な組織にも広く分布しています。ACE以外にも、キマーゼやカテプシンGといった他の酵素もアンジオテンシンIをアンジオテンシンIIに変換する能力を持っています。

アンジオテンシンには、化学構造の違いによりアンジオテンシンI、II、III、IVなどの種類が存在します。これらのうち、血圧調節において最も重要な役割を果たすのはアンジオテンシンIIです。アンジオテンシンIIIやIVも生理活性を持ちますが、その強さはアンジオテンシンIIに比べて低いです。

また、アンジオテンシンIIは「ACE2」という別の酵素によって分解され、「アンジオテンシン-(1-7)」というペプチドに変換される経路も存在します。アンジオテンシン-(1-7)は、血管拡張作用や抗増殖作用を持つことが知られており、アンジオテンシンIIの作用とは逆の生理機能を持つと考えられています。

血圧上昇のメカニズム

アンジオテンシンIIは、複数の経路を通じて血圧を上昇させます。

血管収縮作用: 血管の壁にある平滑筋に直接作用し、強力な収縮を引き起こします。これにより血管の内腔が狭まり、末梢血管抵抗が増加するため血圧が上昇します。
心臓への作用: 心臓の収縮力を高め、より多くの血液を送り出すよう促します。
ホルモン分泌促進:
アルドステロン分泌: 副腎皮質の特定の細胞に作用し、鉱質コルチコイドであるアルドステロンの合成・分泌を促進します。アルドステロンは腎臓の尿細管に働きかけ、ナトリウムイオン（Na+）と水の再吸収を強く促進します。体内の水分量が増加することで血液量が増え、結果として血圧が上昇します。
バソプレッシン分泌: 脳下垂体後葉からの抗利尿ホルモン（ADH）であるバソプレッシンの分泌も促進します。バソプレッシンは腎臓での水の再吸収を促進するため、これも体液量を増やし血圧上昇に寄与します。

これらの作用が複合的に働くことで、アンジオテンシンIIは体液量と末梢血管抵抗を増加させ、効率的に血圧を上昇・維持します。これは、出血などによる血圧低下時において、生命維持のために血圧を速やかに回復させる上で非常に重要な生体防御機構です。

医薬品開発における重要性

アンジオテンシンIIが血圧上昇に果たす役割は非常に大きいため、この物質の作用を抑制したり、その生成を妨げたりすることは、高血圧の治療において有効な戦略となります。

高血圧治療に用いられる主要な薬剤の中には、このアンジオテンシン系を標的とするものが多く存在します。

アンジオテンシン変換酵素（ACE）阻害薬: アンジオテンシンIをアンジオテンシンIIに変換する酵素であるACEの働きを阻害します。これにより、強力な昇圧作用を持つアンジオテンシンIIの生成を抑制し、血圧を低下させます。
アンジオテンシンII受容体拮抗薬（ARB）: アンジオテンシンIIが、血管や副腎などの標的臓器にある特定の受容体（AT1受容体）に結合するのをブロックします。これにより、アンジオテンシンIIの生理作用そのものを抑制し、血圧を低下させます。
レニン阻害薬: アンジオテンシン系の最初の段階である、レニンによるアンジオテンシンI生成を直接的に抑制します。

これらの薬剤は、それぞれ作用するポイントは異なりますが、いずれもアンジオテンシン系の活性を抑えることで血圧降下作用をもたらし、高血圧だけでなく心血管疾患や腎臓病の治療においても重要な役割を担っています。

アンジオテンシンに関する研究は現在も進んでおり、この重要な生理活性物質の理解は、様々な病態の解明や新たな治療法の開発に繋がっています。

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