アンドレ・ジェルトレル

アンドレ・ゲルトレル（Endre Gertler、1907年7月26日 - 1998年7月23日）は、20世紀に活躍したハンガリー出身のヴァイオリニスト、そして教育者です。ブダペストに生を受け、その生涯の多くをブリュッセルで過ごしました。

彼の音楽の基盤は、故郷のブダペストにあるリスト音楽院で築かれました。そこで彼は、高名なヴァイオリン教師イェネー・フバイの門を叩き、指導を受けました。しかし、1930年代後半のヨーロッパ情勢の緊迫化に伴い、彼はナチス政権の影響が強まるハンガリーを離れることを決断します。亡命先となったベルギーでは、1940年代にはブリュッセル王立音楽院の教授として招聘され、多くの才能あるヴァイオリニストを育て上げました。彼の教え子の中には、後に国際的なキャリアを築くルドルフ・ヴェルテンなどがいます。

演奏家としてのゲルトレルは、その幅広いレパートリーを持ちながらも、特に近現代の音楽の解釈において卓越した才能を発揮しました。セザール・フランクのソナタといった19世紀後半の作品にも優れた演奏を残していますが、彼の活動の中心は、20世紀の作曲家たちが生み出した革新的な作品にありました。

中でも、同郷の偉大な作曲家であるベーラ・バルトークの作品は、ゲルトレルの芸術活動において最も重要な位置を占めています。バルトークとは個人的にも親しい関係にあり、ゲルトレルはバルトークのヴァイオリン作品に関して、揺るぎない権威として世界的に認められていました。彼はバルトークのヴァイオリン独奏曲を体系的に録音しており、これには初期の習作から、《ヴァイオリン協奏曲第1番》および《第2番》といった主要な作品まで、現存するほぼ全ての楽曲が含まれています。これらの録音は、バルトークのヴァイオリン音楽の全貌を伝える上で極めて貴重な資料となっています。

ゲルトレルはまた、編曲家としてもその才能を発揮しました。バルトークのピアノ作品の中から、広く知られている《ソナチネ》Sz.55などを選び出し、ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲に編曲し、それを自ら演奏して録音しました。これにより、原曲の持つ魅力をヴァイオリンの響きを通して表現し、新たな演奏形態での可能性を示しました。

バルトーク作品の中でも特に評価が高いのは、チェコのヴァイオリニスト、ヨゼフ・スークとの共演による《44の二重奏曲》Sz.98の録音です。この録音は、今日においても、この作品の最も優れた解釈と演奏の一つとして広く認められ、多くの音楽家や研究者から称賛されています。

バルトーク以外にも、ゲルトレルは20世紀の重要な作曲家たちの作品を積極的に紹介しました。アルバン・ベルク、パウル・ヒンデミット、ジャン・フランチェスコ・マリピエロ、アルフレード・カゼッラといった作曲家たちのヴァイオリン協奏曲などの録音も行っており、20世紀のヴァイオリン音楽の多様な側面を聴衆に伝える上で重要な役割を果たしました。

アンドレ・ゲルトレルは、その高い演奏技術、音楽への深い洞察、そして特に近現代音楽、とりわけバルトーク作品への情熱によって、ヴァイオリン芸術の歴史に確かな足跡を残しました。彼の教育者としての功績も相まって、その遺した音楽と教えは、後世の音楽家たちに多大な影響を与え続けています。

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