アンドレ・ジル

アンドレ・ジル（André Gill, 1840年10月17日 - 1885年5月1日）は、フランス第二帝政期から第三共和政初期にかけて活躍した風刺画家です。本名をルイ＝アレクサンドル・ゴッセ・ド・ギーヌ（Louis-Alexandre Gosset de Guînes）といい、イギリスの風刺画家ジェームズ・ギルレイ（James Gillray）に敬意を表し、アンドレ・ジルというペンネームを用いました。彼の作風は、特徴を捉えつつもユーモラスにデフォルメされた似顔絵で、当時のパリの人々を魅了しました。

ジルは、1840年にパリで、ギーヌ公爵と裁縫師の娘の間に非嫡出子として生まれました。父親の死後、祖父に引き取られ、パリの王立絵画彫刻アカデミーで版画の基礎を学びました。初期には「Le Journal amusant」などの雑誌に風刺画を掲載していましたが、1865年からはフランシス・ポロが編集する週刊絵入り新聞「La Lune」で頭角を現します。特に「今日の人物」というコーナーでは、政治家、作家、芸術家、音楽家など、当時の著名人の似顔絵を毎号のように描き、その人気を不動のものとしました。

ジルの描く人物画は、小さな体に大きな頭という独特のスタイルが特徴で、そのデフォルメされた姿は、特徴を捉えつつも決して悪意のあるものではありませんでした。むしろ、多くの著名人がジルに描かれることを望むほど、その人気は絶大でした。彼の筆によって描かれた人物には、女優のサラ・ベルナール、政治家のオットー・フォン・ビスマルク、ジュゼッペ・ガリバルディ、文学者のエミール・ゾラ、ビクトル・ユーゴー、チャールズ・ディケンズ、写真家のナダール、音楽家のアデリーナ・パッティ、リヒャルト・ワーグナーなど、錚々たる顔ぶれがいます。

「La Lune」は、風刺的な内容が当時の皇帝ナポレオン3世の不興を買い、1867年12月に発行禁止となります。しかし、編集者のポロは、翌1868年8月に後継誌として「L'Éclipse」を創刊し、ジルは引き続きこの雑誌でも活躍しました。雑誌名「L'Éclipse」（月食）は、前の雑誌名「La Lune」（月）を受けて名付けられたものです。

1868年には、ジルは裁判官をカボチャに見立てた風刺画を発表し、訴訟を起こされて一時的に禁固刑を受けるという事件もありましたが、かえってその名声を高めることになりました。また、ジルは、パリの自由な芸術家たちとも交流があり、詩人のシャルル・クロスやポール・ヴェルレーヌらと親交を深めました。

1871年の普仏戦争とパリ・コミューンの成立後は、一時的にリュクサンブール美術館の学芸員を務めました。また、革命的なジャーナリストであるジュール・ヴァレスが発行した新聞「La Rue」にも挿絵を提供しています。

1876年に「L'Éclipse」の発行が終了すると、ジルは自ら編集者となり「La Lune rousse」を創刊しますが、政治的な論争への関与を避け、かつての友人であったジュール・ヴァレスとも対立することになりました。

1881年、ジルは精神を病んだ状態でブリュッセルの街をさまよっているところを発見され、精神病院に収容されました。その後パリの病院に移送され、1885年にその生涯を終えました。彼の作品は、当時の社会風俗や人物像を今に伝える貴重な資料となっています。彼のユーモラスで独特な画風は、後世の風刺画家たちにも大きな影響を与えました。

ジルは、その短い生涯の中で数多くの風刺画を残し、当時のフランス社会を鋭く、かつユーモラスに切り取りました。彼の作品は、単なる風刺画としてだけでなく、19世紀のフランス文化を理解する上で欠かせない資料として、今もなお多くの人々に愛されています。

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