アンプレクトベルア

概要

アンプレクトベルア（学名：Amplectobelua）は、今から約5億年前、地球上に多様な生命が誕生したカンブリア紀に生息していたラディオドンタ類に属する絶滅した節足動物の一群です。その特徴的な形態は、中国や北アメリカ各地で発見された化石記録から知られています。特に目を引くのは、頭部に備わった頑丈で短い一対の前部付属肢と、体の側面に沿って長く伸びる多数の鰭（ひれ）です。確認されている全身化石は比較的小さいものの、前部付属肢の大きさに基づいた推定では、全長が最大で90cmにも達した可能性が指摘されており、これが正しければ当時のカンブリア紀の海において最大級の捕食者であったと考えられます。

名称の由来

学名である「Amplectobelua」は、ラテン語の「amplecto」（抱擁する、抱きしめる）と「belua」（怪物、獣）を組み合わせた造語で、「抱きつく怪物」といった意味合いを持ちます。これは、獲物を捕らえる際に用いたと推測される前部付属肢の機能に由来するものと考えられます。中国語ではこの意味が反映され、「抱怪蟲」（バウグアイチョン）と呼ばれています。模式種（その属を代表する種）であるAmplectobelua symbrachiataの種小名「symbrachiata」は、ギリシア語の「syn」（共に）と「brachion」（腕）に由来し、化石として見つかる前部付属肢の一部が対になった状態で保存されることがある特徴を指しています。もう一つの正式に命名された種であるAmplectobelua stephenensisの種小名「stephenensis」は、その化石が発見されたカナダのMount Stephenにちなんで名づけられました。

形態

アンプレクトベルアの最も顕著な形態的特徴は、体長に比べて明らかに短い、頑丈な鋏状の前部付属肢です。前部付属肢は太い3節の柄部と、捕獲に特化した12節（または13節）からなる捕獲部で構成されます。柄部の直後にある肢節からは、長く発達した内突起（endite）が腹側に向かって突き出ており、これが先端の肢節と噛み合うことで強力な鋏として機能したと見られます。これに続く肢節は短く、各肢節から生える内突起は内側が長い左右非対称の形状をしています。先端部には、獲物をしっかりと捉えるための鋭い棘が複数並んでいます。

頭部には、アノマロカリスに似た3枚の甲皮（スクレライト）がありますが、2017年以前に大きな複眼と誤解されていた構造は、実際には左右の甲皮の一部であったことが、より新しい化石の研究（Wu et al. 2023）で明らかになりました。ラディオドンタ類に典型的な形状の複眼も確認されています。口器である口円錐の一部と見られるプレート状の構造も発見されていますが、化石では散らばって見つかることが多く、正確な配列は不明です。フルディアやライララパクスのような十字放射状の典型的な配置ではなかったと考えられています。

胴部は後方に向かって細くなり、体の側面には各胴節から張り出した鰭が並んでいます。胴体の最初の3節は短く、細い鰭を持ちますが、続く11対の鰭は前方ほど大きく発達し、前縁には枝分かれした強化構造が見られます。体の後端には一対の尾毛があり、一部の全身化石には尾毛の付け根に尾扇と思われる痕跡も認められます。胴節の背側には、アノマロカリスと同様に体の中心線から左右に分かれたと考えられる、鰓のような櫛状構造（setal blades）が付随していました。

GLS（Gnathobase-like Structure）

アンプレクトベルアの胴体前部、「首」に当たる3節の鰭の付け根には、顎基（gnathobase）に似た3対の構造体が存在します。これは「gnathobase-like structure」、略してGLSと呼ばれます。かつては口の歯の一部と解釈されたこともありましたが、その後の研究（Cong et al. 2017）により、付属肢に由来する別の部位であることが判明しました。このGLS構造は、アンプレクトベルア科に分類されるラムスコルディアなど、他の近縁なラディオドンタ類にも見られます。

生態

アンプレクトベルアは、その流線型の体、発達した鰭、そして特に獲物の捕獲に適した頑丈な前部付属肢を持つことから、活発に遊泳する捕食者であったと考えられています。頭部の鋏状前部付属肢で獲物をしっかりと掴み、顎基に似たGLS構造は、捕獲した獲物を口に運んだり咀嚼したりする際に補助的な役割を果たしたと推測されます。前部付属肢は、柄部と捕獲部の関節が屈曲可能で、短いながらも比較的広い可動域を持っていたようです。特に、柄部直後の大きな内突起と先端部がペンチのように機能することで、小型の獲物を器用に扱うことができたと考えられます。また、その強力な構造は、単に小型の遊泳動物を捕食するだけでなく、より大きな生物の遺骸から肉を千切り取って食べる能力も示唆しています。

多数の前部付属肢の化石を分析した研究からは、アンプレクトベルアが他の多くの節足動物と比べて非常に速く成長し、成長に伴う形態変化の段階が少なかった可能性が指摘されています。大小様々な前部付属肢が同じ形態を持つことから、ライララパクスと同様に、幼体と成体で生態的な役割に大きな違いはなかったと考えられています。

分類と分布

アンプレクトベルアは、ラディオドンタ類の中のアンプレクトベルア科（Amplectobeluidae）の模式属です。この科にはアンプレクトベルアの他に、ライララパクス（Lyrarapax）やラムスコルディア（Ramskoeldia）などが含まれます。系統解析の結果からは、特にライララパクスやグアンシャンカリス（Guanshancaris）との近縁性が示されています。ただし、アンプレクトベルア属内の2種、A. symbrachiataとA. stephenensisの関係や、どちらがライララパクスにより近縁であるかについては、研究者によって見解が分かれる議論もあります。

アンプレクトベルアの化石は主に中国と北アメリカから発見されており、カンブリア紀第三期から第四期（約5億1800万年〜5億500万年前）にかけての地層から産出しています。代表的な産地としては、中国雲南省の澄江動物群や貴州省のNiutitang formation、カナダのバージェス頁岩などが挙げられます。

主な種

現在、アンプレクトベルア属には以下の2種が正式に命名されています。

_Amplectobelua symbrachiata_ Hou, Bergström & Ahlberg, 1995
本属の模式種です。中国の澄江動物群（Maotianshan Shale）やNiutitang formationから発見されています。柄部直後の内突起が比較的細長く、基部に短い分岐を持つ特徴があります。推定体長は最大で約90cmに達したと考えられています。かつては別属別種として_Anomalocaris trispinata_と命名されていたこともありますが、現在は_Amplectobelua symbrachiata_として広く認識されています。

_Amplectobelua stephenensis_ Daley & Budd, 2010
カナダのバージェス頁岩から発見されました。この種は完全な全身化石ではなく、主に前部付属肢や背側の構造体の断片から知られています。前部付属肢は_A. symbrachiata_のものと比較して全体的に頑丈で、より明確な鋏状を呈しています。柄部直後の内突起は厚みがあり、前縁に複数の分岐が見られます。他の肢節の内突起は_A. symbrachiata_よりも退化的です。_A. symbrachiata_の体比率を単純に当てはめると、推定体長は約25cmとなります。

これらの主要な産地以外にも、中国のQingjiang biotaやKaili Formation、アメリカのKinzers FormationやWheeler Shaleなどから、本属の未命名の化石標本が報告されています。また、中国のGuanshan biotaから見つかったグアンシャンカリスの模式種_Guanshancaris kunmingensis_を_Amplectobelua kunmingensis_として本属に含める見解も存在します。

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