アーダルベルト・シュティフター

アーダルベルト・シュティフター：自然と調和を求めた作家

アーダルベルト・シュティフター（1805-1868）は、19世紀のオーストリアを代表する小説家であり、風景画家でした。政治的激動の時代に、豊かな自然描写と調和的な人間像を追求した穏やかな作品を数多く残し、後世の文学者や芸術家に深い影響を与えました。

生涯：自然に育まれた感性

シュティフターは、現在のチェコ共和国にあたる南ボヘミアのオーバープラーンで、麻布織りを営む農家の長男として生まれました。幼少期は、敬虔な母と気丈な祖母の影響を受け、森に囲まれた自然豊かな環境の中で育ちました。12歳で父を事故で亡くした後、祖父の仕事を手伝いながらも、1819年にクレームミュンスターのベネディクト派修道院学校に入学し、7年間学びました。この地でも自然に親しみ、文学や芸術に触れ、風景画を描き始めました。

1826年、ウィーン大学に進学し法学を専攻しましたが、自然科学にも興味を持ち、芸術都市ウィーンの音楽、演劇、美術に触れました。文学ではジャン・パウルに影響を受けましたが、文学者ではなく画家を目指していました。生計を立てるために家庭教師となり、上流階級の家庭に出入りし、宰相メッテルニヒの息子リヒャルトの教師も務めました。

画家への道を志したシュティフターは、家庭教師を続けながら絵画制作に励みましたが、生活は不安定でした。1840年、ある男爵夫人の家で、書きかけの短編「コンドル」が発見され、それが雑誌に掲載されて好評を博したことがきっかけで、作家としての道を歩み始めました。

作家としての活動

ウィーン時代には、『習作集』（1844-1850）を出版し、作家としての地位を確立しました。1848年、リンツに移住し、小学校の視学官として教育に携わる傍ら、執筆活動を続けました。1853年には、『石さまざま』を出版し、自然への畏敬と人間性への希求を表現しました。1857年には、教養小説の代表作『晩夏』を発表し、晩年には歴史小説の大作『ヴィティコー』（1865-1867年）を著しました。

私生活では、子供に恵まれず、二人の養女を迎えましたが、いずれにも先立たれました。1867年に肝硬変を患い、『ヴィティコー』の執筆は病苦との闘いでした。1868年1月、自ら命を絶ち、生涯を閉じました。

作風と評価：自然描写と穏やかな倫理

シュティフターの初期作品にはロマン主義の影響が見られますが、次第に客観的な文体によるリアリズムへと移行し、精緻な自然描写の中で人々の静かな営みを描き出しました。彼は、平凡な日常の中にこそ偉大なものがあらわれると考え、質素・節度・克己といった倫理を小説の題材として選びました。

同時代の作家ヘッベルからは瑣末主義と批判されましたが、ニーチェは『晩夏』を絶賛し、トーマス・マンもシュティフターを「世界文学の最も注目すべき、最も奥深い、最も内密な大胆さを持つ小説家の一人」と賞賛しました。彼の作品は、後世の多くの作家から畏敬の念を持って語られています。

日本における受容

日本におけるシュティフターの作品受容は大正時代に遡り、堀辰雄などが愛読しました。現代文学では、古井由吉がシュティフターを「長年愛好する作家」と呼び、作品に言及しています。

主要作品

『習作集』（Studien）
『石さまざま』（Bunte Steine）
『晩夏』（Der Nachsommer）
『ヴィティコー』（Witiko）

シュティフターの作品は、自然の美しさと人間の内面を静かに見つめ、穏やかな倫理を追求する姿勢が特徴です。彼の作品は、現代においても多くの人々に感動を与え続けています。

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