イェール大学経営大学院

イェール大学経営大学院（Yale School of Management）は、アメリカ合衆国コネチカット州ニューヘイブンにある名門イェール大学に属するビジネススクールです。1976年に設立されたこの大学院は、従来のビジネススクールとは一線を画し、民間企業のみならず公共機関や非営利組織においてもリーダーシップを発揮できる人材の育成を目的として掲げました。この設立理念から、公共・非営利セクターとの結びつきが非常に強いという独自の特色を持っています。

入学者の学力水準は極めて高く、GPAとGMATのスコアを基準とした学生の学力は、世界のビジネススクールの中でもトップ3にランクインしています。現在でも、学生の約2割が非営利または公共セクター出身であり、卒業生もこれらの分野で社会貢献を目指すケースが多く見られます。一方で、公共・非営利分野は一般的に給与水準が民間と比較して低いため、卒業後の初任給を重視するMBAランキングにおいては、この点が影響を与える可能性も指摘されています。

沿革

大学院のルーツは、1971年のフレデリック・バイネキ氏からの寄付金に遡り、当初は組織・マネジメントの専門大学院として始まりました。1976年には、公共機関と民間企業の双方のマネジメントを重視した「Public and Private Management（MPPM）」という独自の学位プログラムを開始し、非営利組織や公共機関の研究で歴史的に知られるようになりました。その後、研究対象を他のビジネス分野にも拡大し、1994年に現在の「イェール大学経営大学院」へと名称を変更しました。1998年までMPPM学位が授与されていましたが、1999年からはMBAプログラムへと移行しています。現在の教育プログラムは、2000年代半ばに導入された、少人数の学習グループを基盤とする「統合カリキュラム」を中核としています。

特色あるプログラム

近年、イェール大学経営大学院は国際化に特に力を入れ、従来のビジネススクールが十分にリーチできていない業界や国、地域にも人材を輩出することを目指しています。その取り組みとして、ロンドン・ビジネス・スクール、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、シンガポール国立大学ビジネススクール、清華大学、HEC経営大学院など、米国外の多くの著名校との間で活発な交換留学制度を設けています。また、留学生や外国人教員の積極的な受け入れ、海外の事例を扱った授業の導入に加え、海外提携校とのケーススタディ共同開発、オンラインでのリアルタイム共同授業、海外企業や官公庁での実地コンサルティングプロジェクトなども実施しています。

多様な業界への人材輩出というミッションを反映し、学生の多様性の確保にも注力しています。経営学修士（MBA）の授業には、エグゼクティブMBA（EMBA）や上級マネジメント修士（MAM）、その他の専門大学院の学生も履修できるようになっており、クラス内での議論の活性化を促しています。

統合カリキュラム

2006年に導入されたこのカリキュラムは、科目ごとの独立した学習から脱却し、より多角的な視点を養うことを目的としています。「Orientation to Management」と呼ばれる基礎クラスと、分野横断的な内容を盛り込んだ「Organizational Perspectives」で構成されます。前者は入学直後の秋学期に組織運営、会計、統計、経済学などの基本的な概念とビジネススキルを学びます。後者は統合カリキュラムの中核であり、従業員、競合、顧客、投資家、国家、社会といった多様なステークホルダーの視点を養うことに焦点を当てます。学生は様々な視点を応用し、現実社会に近い複雑な情報を用いた独自開発の「Rawケース」や海外提携校との連携を通じて、民間、政府、非営利組織が直面する課題への理解を深め、意思決定の訓練を行います。また、教員の指導のもと、企業や官公庁の実際の課題に対するコンサルティングを行う実地訓練の機会も豊富に提供されています。

選択科目

1年次の後期からは、学生の興味に応じた自由な選択科目が履修可能です。経営大学院以外のイェール大学内の他の大学院や学部で開講されている1,000科目以上が卒業単位として認められます。著名な学者に加え、元アメリカ合衆国財務長官のティモシー・ガイトナー氏、著名ヘッジファンドマネジャーのジェームズ・チェイノス氏、ノーベル経済学賞受賞者のロバート・シラー氏といった第一線で活躍する実務家が教鞭をとっており、多様な視点からの学びを提供しています。また、学生の希望に応じて特定のテーマについて教授の指導のもと研究する機会も設けられています。

グローバル・スタディ

MBAプログラムでは、グローバルな視野を広げることが重視されており、海外提携校への交換留学、海外でのスタディートリップ（授業、企業訪問、文化体験）、オンラインでの共同授業・プロジェクト、米国外の組織へのプロボノコンサルティングなどが卒業要件に含まれています。

リーダーシップ・デベロップメント

入学から卒業まで必修となっているこのプログラムは、学生のリーダーシップやコーチング能力を体系的に育成することを目的としています。授業、グループおよび個人面談、コーチングなどを通じて、実践的なリーダーシップスキルを磨きます。

その他の学位プログラム

MBAプログラムの他にも、以下のような多様なプログラムを提供しています。

Master of Advanced Management (MAM): 提携校のMBA取得者を対象とした1年制プログラム。Global Network for Advanced Management (GNAM)のネットワークを活用し、国際経済におけるデータ収集や研究、教材開発などで提携校との連携を深めています。
Master of Management Studies in Systemic Risk: 金融政策や規制当局の職員を対象とした1年制の少数精鋭プログラム。金融システムの安定化に関連する専門分野に特化しており、金融危機研究や金融当局者との連携を強化するイニシアティブの一環として設立されました。
Executive MBA (EMBA): 実務経験のあるマネージャー向けプログラム。統合コア科目に加え、ヘルスケア、アセットマネジメント、サステナビリティといった専門分野を選択できます。
ジョイント・ディグリー: イェール大学内の他の専門大学院（ロー・スクール、医学大学院、環境学大学院など）と連携した複数学位プログラムを提供しています。
* 博士課程: 会計、ファイナンス、マーケティングなど、学術研究者のキャリアを目指す学生向けの4〜5年プログラムです。

奨学金・支援制度

優秀な学生には返済不要の奨学金が授与されます。また、政府機関や非営利組織での勤務経験があり、一定以下の所得水準にある学生に対しては、希望に応じて学費ローンの全部または一部返還制度が利用可能です。学部生向けの「シルバー・スカラーズ・プログラム」では、大学卒業後すぐに経営大学院に進学し、コアカリキュラム履修後に社会での就業（インターンシップ）を経て、再び大学院に戻り残りの科目を修了するというユニークな制度を提供しています。

入学プロセスと就職実績

入学には、4年制大学の学位、オンライン出願書類、エッセイ、GMATまたはGREのスコア、成績証明書、推薦状2通に加え、オンラインでのビデオ面接が必要です。一次審査を通過すると、キャンパスまたは主要都市、あるいはオンラインでの最終面接に招待されます。競争率は高く、例えば2016-2017年度の合格率は約17%でした。

卒業生（2017年実績）の就職先は多様で、約半数がコンサルティングおよび金融業界に進んでいます。特に戦略コンサルティングの上位3社（マッキンゼー、ボストン・コンサルティング・グループ、ベイン・アンド・カンパニー）への就職者が卒業生全体の約15%を占めるなど、この分野に強いパイプがあります。テクノロジー業界へは約14%が進出し、その他、小売、ヘルスケア、非営利、製造業、消費財、メディア、エネルギー、不動産、官公庁など幅広い分野で活躍しています。卒業直後の基本給とその他報酬（サインオンボーナス等）の中央値合計は約157,900米ドルですが、投資銀行業界では182,500米ドル、非営利業界では67,500米ドルと、業界によって大きな差が見られます。なお、これらの数字は最低保証額であり、業績連動型ボーナスを含めると、特に高給とされる業界では総報酬はさらに高くなる可能性があります。

大学基金の運用と校舎

イェール大学全体が持つ巨額の基金（2017年時点で272億米ドル）は、著名なCIOであるデビット・スウェンセン氏率いるチームによって運用されています。経営大学院の基金も7億4300万米ドルを有し、寄付金や基金の運用益が運営費の多くを賄っています。デビット・スウェンセン氏が確立した「イェール・モデル」と呼ばれる運用戦略は、非効率な市場への分散投資を特徴とし、ベンチャーキャピタルを通じた初期段階での投資（Google, Amazon, Facebookなど）により、過去30年間にわたり大学基金の平均を大きく上回る運用成績を上げてきました。この運用チームのメンバーがビジネススクールで教鞭をとったり、著名な実務家がゲスト講師として招かれたりするなど、実際の運用経験に基づいた教育が提供されています。特に、スウェンセン氏の教え子であるレイ・ジャン氏が設立したヘッジファンドへの大学からの初期出資は、その後の同ファンドの飛躍的な成長と相まってよく知られた逸話となっています。

校舎は、プリツカー賞受賞建築家ノーマン・フォスター氏が設計した新しいエドワード・P・エバンス・ホールが2014年から使用されています。総工費2億4300万米ドルをかけた近代的な建物で、中心に位置する中庭を囲むように教室やオフィス、学術センターなどが配置されています。校舎最大の講堂は、卒業生であるレイ・ジャン氏の寄付により建設されたことから、ジャン・オーディトリアムと名付けられています。

学生生活

イェール大学経営大学院の学生は、親しみを込めて「SOMers」や「Elis」と呼ばれます。学生生活を豊かにするための多様なクラブ活動があり、その数は40を超えます。就職活動やネットワーキングに特化したプロフェッショナルクラブ（金融、テクノロジー、コンサルティングなど）や、スポーツ・文化系のクラブが活動しています。特に、非営利組織へのプロボノコンサルティングを行うクラブも活発です。他校とのスポーツイベントも盛んで、秋には「Yale SOM Cup」サッカー大会、11月には伝統のハーバード大学とのアメリカンフットボール戦「The Game」などがあり、多くの学生が観戦に集まります。大学が運営するグリフォンズ・パブは、大学院生の交流の場として人気があります。

教員と卒業生

イェール大学経営大学院には、ノーベル経済学賞受賞者のロバート・シラー氏をはじめ、学術界で名の知られた研究者や、元商務次官のジェフリー・ガーテン氏、モルガンスタンレー元チーフエコノミストのステファン・ローチ氏、元英首相のトニー・ブレア氏など、多様な分野で実績を持つ著名な実務家が多数教鞭をとっています。

卒業生も各界で重要な役割を担っており、ペプシコ元会長兼CEOのインドラ・ヌーイ氏、Google元人事最高責任者のラスズロ・ボック氏、ハーバード大学基金元CEOのジェーン・メンディーロ氏、セコイア・キャピタルチャイナ創業者ニール・シェン氏、ヒルハウス・キャピタル・グループ創業者のレイ・ジャン氏など、多くのリーダーを輩出しています。日本からも、国際機関や政府、民間企業などで活躍する人材を送り出しています。

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