イグナーツ・ホルツバウアー

イグナーツ・ヤーコプ・ホルツバウアー（1711年9月18日 - 1783年4月7日）は、オーストリア出身の作曲家です。彼は18世紀後半のヨーロッパ音楽において重要な役割を果たしたマンハイム楽派に名を連ね、交響曲、協奏曲、オペラ、室内楽曲など、幅広いジャンルで多くの作品を生み出しました。彼の音楽には、後にドイツの文学や美術において隆盛を極めるシュトゥルム・ウント・ドラング（疾風怒濤）運動に通じる、情感豊かで力強い表現が見られます。

生涯

ウィーンで生まれたホルツバウアーは、本来両親が望んだ法学の道ではなく、自身の強い意志で音楽を学びました。その才能はやがて認められ、1745年にはロッタル伯爵に仕えるとともに、ウィーン宮廷劇場のカペルマイスター（楽長）に就任します。その後、シュトゥットガルトでも同様の役職を務めるなど、各地で活動の幅を広げました。

彼のキャリアにおける転機となったのは、オペラ『Il figlio delle selve』（森の息子）の成功です。この作品は1753年にシュヴェツィンゲン宮廷劇場の柿落とし公演で上演され、喝采を浴びました。この成功がきっかけとなり、当時ヨーロッパ屈指のオーケストラを擁していたマンハイムの宮廷から招聘を受けます。ホルツバウアーはこれに応じ、人生の大部分をこの地で過ごすことになります。マンハイム宮廷では、彼は作曲活動に精力的に取り組み、数多くの作品を発表しました。同時に、フリードリヒ・フライシュマンやカール・シュターミッツといった後進の音楽家たちを指導し、マンハイム楽派の発展に貢献しました。

オペラとモーツァルト

ホルツバウアーの代表的なオペラの一つに、『ギュンター・フォン・シュバルツブルク』があります。この作品は、ドイツの歴史上の人物であるギュンター・フォン・シュヴァルツブルク王の生涯を題材にしており、ドイツ語による本格的な国民的オペラの初期の例として位置づけられています。このオペラの上演は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとその姉ナンネルも観劇しており、モーツァルトはその音楽に深い感銘を受けました。モーツァルトは当時の手紙の中で、「ホルツバウアーの音楽は非常に美しい」と称賛しつつも、「しかし詩はその音楽のレベルに達していない」と評しました。さらに驚きをもって、「このオペラには信じられないほどの炎（情熱）が満ちており、66歳という高齢のホルツバウアーが、これほどまでの情熱を保ち続けていることに最も驚いた」と記しています。このモーツァルトの言葉は、ホルツバウアーの音楽がいかに力強く、感情に訴えかけるものであったかを物語っています。また、この公演を通じてモーツァルトは著名なテノール歌手アントン・ラーフと出会い、後に自身のオペラ『イドメネオ』の初演で主役を依頼することになります。『ギュンター・フォン・シュバルツブルク』は近年になって再び注目され、録音も行われています。

多作な作曲家

ホルツバウアーは特に交響曲の分野で多作であり、確認されているだけでも196曲もの交響曲を作曲しました。これらの作品は、マンハイム楽派の特徴であるクレッシェンドや強弱対比を効果的に用いた、ドラマティックな表現に富んでいます。また、モーツァルトは1778年にパリのコンセール・スピリチュエルから、ホルツバウアー作曲の「ミゼレーレ」に挿入するための9曲の楽曲作曲を依頼されました。この作品はモーツァルト作品リストのK.297aとして記録されていますが、残念ながら今日では失われてしまっています。

作品例と評価

ホルツバウアーはマンハイムでその生涯を閉じました。彼の作品は多岐にわたり、前述のオペラや交響曲のほか、協奏曲や室内楽曲も重要なレパートリーです。例えば、彼の作曲した交響曲ニ短調や、五重奏曲変ロ長調などは、当時のマンハイム楽派の音楽のスタイルを示す好例として挙げられます。これらの作品は、現代においても演奏される機会があり、彼の音楽遺産が受け継がれています。

イグナーツ・ヤーコプ・ホルツバウアーは、マンハイム楽派の重要な一員として、18世紀後半のクラシック音楽の発展に貢献しました。特にオペラや交響曲における革新的な表現は、後世の作曲家たちにも影響を与え、彼の情熱的な音楽は現代でも聴き手を魅了し続けています。

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