イッザト・イブラーヒーム

イッザト・イブラーヒーム・アッ＝ドゥーリー：サッダーム政権の影の支配者

イッザト・イブラーヒーム・アッ＝ドゥーリー（1942年7月1日-2020年10月26日）は、イラクの政治家で、サッダーム・フセイン政権下で革命指導評議会副議長、バアス党地域指導部副書記長などを務めた人物です。日本語の報道では「イブラヒム(元)副議長」として知られており、サッダームの側近として長年権力を握っていました。スンナ派ムスリムでありながらスーフィズムを信仰していたという複雑な一面も持ち合わせていました。

貧しい出自からバアス党へ

ドゥール村の貧しい氷屋の家庭に生まれたイブラーヒームは、幼少期から家業を手伝い、十分な教育を受ける機会に恵まれませんでした。そのため、クルアーン以外の書物はほとんど読んでいなかったと言われています。しかし、地元の高校で教員として働く中で、アラブ民族主義思想に感銘を受け、当時非合法組織だったバアス党に入党。党活動に身を投じ、1959年と1962年には投獄されるなど、過激な活動で名を上げていきました。
1963年2月8日のクーデターにも参加し、同年11月にはバアス党によるクーデター未遂事件にも関与。この事件で投獄された際に、サッダーム・フセインと出会うことになります。この出会いが、彼の人生、そしてイラクの歴史を大きく変える転換点となりました。1967年に恩赦で出獄後、着実に地位を上げていきます。

サッダーム政権における絶大な権力

1968年のバアス党によるクーデター成功後、イブラーヒームは産業相として政権に参加。その後、内相を歴任し、着実に権力を掌握していきます。1979年、サッダームが大統領に就任すると、イブラーヒームは革命指導評議会副議長、バアス党地域指導部副書記長に就任。大統領の代理を務める立場であり、事実上の政権ナンバー2の地位に上り詰めました。

この地位を利用し、イブラーヒームはクルド人弾圧を目的とした「アンファール作戦」を指導するなど、多くの残虐行為に関与したとされています。また、イラン・イラク戦争、湾岸戦争におけるイラクの軍事行動にも深く関与し、特に湾岸戦争後のシーア派・クルド人蜂起の鎮圧では、残忍な手段を用いたとされています。マーシュ・アラブ人の住む湿地を干上がらせるなど、人道に反する行為も行ったと指摘されています。さらに、ハラブジャでの化学兵器攻撃にも暗に言及し、警告を発したと伝えられています。

サッダームとの蜜月と権力基盤

権力基盤を固めるため、イブラーヒームは故郷ドゥールの出身者やスーフィストを党、治安・情報機関、軍の幹部に登用しました。サッダームの右腕として、政権の中枢で活躍し、公の場では常にサッダームの側にいました。また、サッダームの長男ウダイと娘の結婚（後に離婚）という姻戚関係を築いたことも、彼の権力強化に役立っていました。1998年の「砂漠の狐作戦」、2003年のイラク戦争でも、北部軍管区司令官として軍を指揮していました。

外交面でも、2002年のアラブ首脳会議ではサッダームの代理として出席し、湾岸戦争後、険悪化したクウェート、サウジアラビアとの関係改善を演出しました。しかし、イラク戦争直前には、クウェートを激しく非難するなど、強硬な姿勢も見せていました。

イスラム政策と弾圧

イブラーヒームは熱心なムスリムとして知られており、1993年にはスンナ派ムスリムへの信仰キャンペーンを展開。モスクの監督やイマームの任命を行い、スンナ派への締め付けを緩和しました。しかし、この自由はスンナ派のみに与えられたものであり、シーア派に対しては徹底した監視・弾圧を加えていました。シーア派指導者の拘束・暗殺、信徒の逮捕、独自の儀式の禁止など、シーア派への弾圧は厳しく、シーア派のモスクには常に治安・情報機関の職員が入り込んで監視していたと言われています。そのため、1998年にはカルバラーで暗殺未遂に遭うという事態も発生しました。

イラク戦争後と反米活動

イラク戦争開戦後、イブラーヒームはイラク北部からシリアに逃亡。その後、イラク・バアス党の再編成を行い、反米ゲリラの支援や資金提供を行い、アメリカ軍との戦闘を継続しました。アメリカ軍はイブラーヒームの拘束・殺害に賞金を懸け、家族を逮捕するなどして圧力をかけましたが、イブラーヒームは逮捕されることはありませんでした。

イブラーヒームは様々な報道や声明を通じて、イラクにおける反米活動を継続し、サッダーム政権の正当性を主張し続けました。バアス党の指導者として、イラク政府への批判やアメリカ軍撤退要求を繰り返し、アラブ諸国への協力を訴え続けました。イラクにおける自爆テロに関与していたという報道も存在します。しかし、実際には反米ゲリラ活動を直接指揮していたわけではなく、旧政権のシンボルとしての役割を果たしていたという見方も存在します。

晩年と死

2015年には死亡説が流れたものの、その後も音声メッセージや映像で健在をアピールし続けました。2019年には、クウェート侵攻について謝罪する音声メッセージを発表し、注目を集めました。そして2020年10月26日、バアス党はイブラーヒームの死去を発表しました。

イブラーヒームは白血病を患っており、晩年は糖尿病も併発していました。複数の妻を持ち、子供の人数も多く、私生活も派手な人物でした。

イッザト・イブラーヒーム・アッ＝ドゥーリーは、サッダーム政権の影の支配者として、イラクの歴史に大きな影響を与えた人物でした。その生涯は、権力闘争、残虐行為、そして反米闘争の歴史と言えるでしょう。彼の死によって、イラクの過去と未来は、新たな局面を迎えたと言えるでしょう。

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