イワン雷帝 (映画)

イワン雷帝：権力と悲劇の歴史絵巻

セルゲイ・エイゼンシュテイン監督が1944年から1946年にかけて制作したソ連映画『イワン雷帝』（原題：Иван Грозный）は、16世紀ロシアを揺るがした皇帝イヴァン4世の生涯を壮大なスケールで描いた歴史ドラマです。全3部作として企画されましたが、第2部の内容が当時のソ連最高指導者ヨシフ・スターリンへの暗黙の批判とみなされ上映禁止となり、第3部は未完に終わりました。

第1部: 1944年に公開された第1部は、若きイヴァンが帝位を継承し、ロシアを統一国家へと導こうとする過程を描いています。愛する妃アナスタシアの毒殺という悲劇に見舞われながらも、民衆の熱意に応え帝位に復帰するまでの苦悩と決意が、力強い映像で表現されています。エイゼンシュテインは1928年に来日した歌舞伎役者・市川左團次の公演を観劇し、強い影響を受けたとされています。そのため、第1部ではクローズアップ・ショットを用いた歌舞伎風の演出が随所に見られ、独特の緊張感と劇的な効果を生み出しています。

第2部: 1946年に制作された第2部は、帝位に復帰したイワンが宮廷内の反イワン派との激しい権力闘争に巻き込まれる様子を描いています。エフロシニア伯母を中心とした反イワン派の抵抗に直面したイワンは、権力を維持するために大粛清を決行します。この第2部は、スターリン体制への批判と解釈されたため、上映禁止処分を受けました。興味深いことに、ラスト数分間はカラー映像で撮影されている点が特徴です。モノクロームを基調とした映像の中で、カラー映像が用いられていることの理由については、様々な憶測が飛び交っています。

未完の第3部: 第3部は完成することなく、イワン4世の生涯の最後までを描いた作品として構想されていたものの、歴史に埋もれたままとなりました。もし完成していたら、どのような結末が待っていたのか、想像を掻き立てられます。

キャスト: イワン雷帝を演じたニコライ・チェルカーソフの圧倒的な存在感は、作品全体を貫く大きな力となっています。脇を固める俳優陣も、それぞれのキャラクターを丁寧に演じ、作品に深みを与えています。

歴史的背景と影響: 『イワン雷帝』は、単なる歴史ドラマという枠を超え、当時のソ連社会の政治状況や、芸術表現に対する検閲の厳しさ、そして権力者の影を反映した作品と言えるでしょう。スターリン批判とみなされた第2部の上映禁止は、ソ連の芸術に対する政治的圧力の象徴的な出来事となりました。ジダーノフ批判など、当時の政治的状況と絡めて作品を分析することもできます。

音楽: 映画音楽も作品全体の雰囲気を盛り上げ、歴史の重みとドラマの緊迫感を際立たせています。

評価: スターリンからの評価を得た第1部と、上映禁止処分を受けた第2部という対照的な運命を辿った『イワン雷帝』。その歴史的背景や制作秘話、そして完成されなかった第3部への想像も含め、この作品は歴史映画として、そして映画表現の自由という観点からも、今もなお人々の関心を集め続けています。様々な解釈が可能な、奥深い作品となっています。

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