インド大司教ヨハネ

インド大司教ヨハネ（いんどだいしきょうよはね）は、12世紀初頭、ヨーロッパ世界に衝撃と興味をもたらしたとされる、遠方の異国から訪れた高位聖職者を名乗る人物です。彼は1122年、当時のローマ教皇領の中心地であったヴァチカンを訪れ、教皇カリストゥス2世への謁見を求めました。自身の出自をインドの大司教であると主張しましたが、当時の地理的・宗教的な知見から、実際にインドにこのような高位聖職者座が存在したとは考えにくく、その正体や真の目的については不詳とされています。保護や支援を求める意図があったのかもしれませんが、彼の生没年も明らかになっていません。

この人物が教皇カリストゥス2世に謁見を求めた主な目的は、自身を正式なインド大司教として認めさせ、それに基づく聖職者としての権限を行使できるようにすることでした。教皇は彼の面会要求を受け入れ、その主張に耳を傾けたと記録されています。

インド大司教ヨハネと称する人物が語った内容は、当時のヨーロッパ人が抱いていた東方世界への関心と想像力を刺激するものでした。彼は、自身の故郷であるインドにはキリスト教徒、特にネストリウス派を信仰する人々が暮らしていると述べました。彼らのコミュニティは、聖書に登場する「ピション川」のほとり、おそらくインダス川あるいはその周辺地域を指していたと思われますが、その正確な位置は定かではありません。この共同体には、決して大きくはないものの、教会や修道院（ラヴラ）が存在すると語られました。中でも特筆されたのは、聖トマス教会と呼ばれる大教会です。これは、かつてキリストの使徒であり、インドに福音をもたらしたと伝えられる聖トマスに由来する教会だと説明されました。

彼が語ったこれらの情報は、ヨーロッパ、特にフランスで広く伝えられたとされています。そして、このインド大司教ヨハネの訪問記録は、中世ヨーロッパ世界において長きにわたり確固たる史実として扱われた、ある壮大な伝説の起源の一つとして位置づけられています。その伝説とは、中央アジアあるいはインドのさらに遠方に存在するとされた、強大なキリスト教徒の王国、そしてその賢明で敬虔な君主である「プレスター・ジョン（祭司王ヨハネ）」に関するものです。

プレスター・ジョンの伝説は、イスラーム勢力との対立が続くヨーロッパにとって、東方に存在するはずの強力なキリスト教同盟者という希望の象徴となりました。伝説では、プレスター・ジョン王はイスラーム勢力を打ち破ったとされ、その王国は富と奇跡に満ちていると語られました。インド大司教ヨハネの訪問が記録された12世紀以降、このプレスター・ジョン伝説は多くの探検家や使節を東方へと駆り立てる動機となり、少なくとも13世紀頃までは実在が真剣に信じられていました。しばしば、インド大司教ヨハネの伝説とプレスター・ジョン伝説は結びつけられ、東方のキリスト教徒共同体の存在がヨーロッパ人の想像力を掻き立て続けました。

結局のところ、インド大司教ヨハネと名乗る人物の真偽は定かではありません。しかし、彼のヴァチカン訪問とそこで語られた話は、当時のヨーロッパにおける地理観や異文化理解、そして伝説形成に少なからぬ影響を与えた出来事として、歴史の記録に刻まれています。彼の存在は、中世の人々が抱いていた東方世界への憧れや神秘性、そして現実と伝説の境界線が曖昧であった時代の一端を物語っています。

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