インノケンティウス9世 (ローマ教皇)

インノケンティウス9世の生涯

インノケンティウス9世（Innocentius IX, 1519年7月20日 - 1591年12月30日）は、16世紀末のローマ教皇であり、その在位はわずか2ヶ月という短期間に終わりました。本名をジャン・アントニオ・ファッキネティ（Gian Antonio Facchinetti）といい、イタリアのボローニャ近郊のクラヴェーニャで生まれました。

法学者から教会へ

ファッキネッティは、法学で名高いボローニャ大学を卒業し、教会法の専門家としてそのキャリアをスタートさせました。当初はアルディンゲリ枢機卿の秘書を務め、その後、ファルネーゼ家の実力者であるアレッサンドロ枢機卿の秘書に転じました。アレッサンドロ枢機卿はパルマ公オッターヴィオ・ファルネーゼの兄であり、また、先代教皇パウルス3世の孫でもありました。

アレッサンドロ枢機卿がアヴィニョン司教であったことから、ファッキネッティは彼の代理としてアヴィニョンに派遣されました。その後も、パルマでの業務に携わり、外交官としての経験を積みました。

1560年には、カラブリアのニカストロ（現在のラメーツィア・テルメ）の司教に任命され、1562年にはトリエント公会議に出席しました。教皇ピウス5世は、ファッキネッティを教皇使節として1566年にヴェネツィアへ派遣し、彼はヴェネツィアとスペインの同盟を締結させました。この同盟は、1571年のレパントの海戦での勝利に大きく貢献しました。1572年にはエルサレムの名義大司教に任命されるなど、教皇庁内での地位を着実に高めていきました。

グレゴリウス14世の側近として

このような輝かしい経歴を持つファッキネッティは、教皇グレゴリウス14世の下で、第一の側近として活躍しました。特に、グレゴリウス14世がマラリアで床に伏せることが多かったため、ファッキネッティが教皇庁の実務をほとんど引き受けていました。グレゴリウス14世の健康状態が良くないことが明らかになると、次期教皇の選出を巡り、スペイン派と反スペイン派の枢機卿団の間で活発な選挙活動が展開されました。

前回の教皇選挙（コンクラーヴェ）では、スペインのフェリペ2世が教皇候補を7人に絞るという強硬な介入を行ったため、反スペイン派の枢機卿たちの反感を買っていました。今回の選挙では、そこまでの露骨な介入はなかったものの、スペイン枢機卿団の影響力は依然として大きいままでした。このような状況下、選挙では比較的スムーズにファッキネッティが教皇に選出されました。

教皇としての短い在位

しかし、インノケンティウス9世の教皇としての在位は、就任直後から困難に直面しました。スペインのフェリペ2世とフランスのカトリック同盟がアンリ4世と対立するなど、ヨーロッパ情勢は不安定でした。インノケンティウス9世自身も外交に関するグランドプランを持っていたと考えられますが、在位わずか2ヶ月で死去したため、その構想が実現することは叶いませんでした。

インノケンティウス9世が2ヶ月の間に成し遂げた主なことは、2人の枢機卿を任命したことです。そのうちの一人は、彼の甥であるジョヴァンニ・アントニオ・ファッキネッティでした。また、親族のチェーザレ・ファッキネッティも、1643年に枢機卿に任命されています。インノケンティウス9世の治世は短期間で終わりましたが、その生涯は教会と政治の複雑な関係の中で重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

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