イヴ・サン＝ローラン

イヴ・サン＝ローラン（Yves Saint-Laurent、1936年 8月1日 - 2008年 6月1日）は、フランス領アルジェリア出身の偉大なファッションデザイナーです。彼は20世紀後半のファッション界をリードし、自身の名を冠した世界的なファッションブランド「イヴ・サンローラン」の創設者として知られています。日本では親しみを込めて「モードの帝王」と呼ばれ、2002年に引退するまで40年以上にわたりその才能を発揮し続けました。

生い立ちとキャリアの始まり

1936年、アルジェリアのオランで裕福なフランス人入植者の家庭に生まれたイヴは、幼い頃からデザインに非凡な才能を示しました。18歳でパリに移り住み、服飾専門学校サンディカ・パリクチュール校で学びます。すぐにその才能が認められ、国際羊毛事務局（IWS）主催のデザインコンクールでカクテルドレス部門の最優秀賞を受賞。この時、コート部門で1位だったのが、後にシャネルのデザイナーとなるカール・ラガーフェルドでした。彼のポートフォリオを見たファッション誌『ヴォーグ』の編集長ミシェル・ド・ブリュノフは、その革新的なデザインに感銘を受け、当時モード界の頂点にいたクリスチャン・ディオールにイヴを紹介します。ディオールの目に留まったイヴは、1955年に弱冠19歳でディオール社に入社しました。

ディオールでの成功と困難

ディオールのもとで頭角を現したイヴは、その才能を高く評価されます。そして1957年、ディオールが急逝するという突然の出来事により、わずか21歳にしてメゾンの主任デザイナーという重責を担うことになります。1958年1月に発表されたディオールのための最初のコレクションで、彼は「トラペーズ（台形）ライン」を発表。従来のウエストを絞ったスタイルとは異なり、ゆったりとしたシルエットで膝を覆う丈のデザインは、ファッション界に衝撃を与え、熱狂的な支持を集めました。新聞は「サンローランはパリを救った」「偉大なるディオールの伝統は続く」と絶賛し、彼は瞬く間に「ディオールの王太子」「オートクチュール界の星の王子さま」と称される国民的英雄となりました。

しかし、順風満帆に見えたキャリアは突然暗転します。1960年、アルジェリア独立戦争に関連して徴兵されます。これは当時のディオールのオーナーの政治的立場も影響したと言われています。軍隊生活でのストレスから神経衰弱を患い、精神病院に入院。電気ショック療法を含む治療を受けました。後に彼は、この時の経験が自身の薬物依存やうつ病の根源になったと語っています。

独立と「イヴ・サンローラン」メゾンの確立

神経衰弱を理由にディオールを解雇されたイヴは、恋人でありビジネスパートナーでもあったピエール・ベルジェの献身的な支えのもと、1961年に自身のオートクチュールメゾン「イヴ・サンローラン（YSL）」を設立し、新たなスタートを切ります。1966年には、高級既製服ライン「サンローランリヴ・ゴーシュ」を発表し、パリにブティックを開設。オートクチュールの技術と芸術性を、より多くの人々が手に取れるプレタポルテへと展開したことは、ファッション史における画期的な出来事でした。

メゾンには、フランス公爵令嬢ルル・ド・ラ・ファレーズ、モデルのベティ・カトルー、タリタ・ポル、そしてフランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーヴといった個性豊かなミューズたちが集まり、そのクリエイションにインスピレーションを与えました。特にドヌーヴとは深い親交を結び、1967年の映画『昼顔』の衣装デザインを手がけたほか、彼女は現在もサンローランの広告塔を務めています。

1970年代後半から80年代にかけては、社交界の名士ダイアン・キャサリー・ヴァンデッリがブランドの紹介役を務め、ヨーロッパの上流階級やいわゆるジェット族の間で絶大な人気を確立します。事業としても成功を収め、1989年にはファッションブランドとして初めてパリ証券取引所に上場。1993年には「デ・ドール賞」、2001年にはレジオンドヌール勲章コマンドゥールを受章するなど、その功績は広く認められました。

引退、晩年、そして遺産

2002年1月、パリでのオートクチュールコレクションを最後に、イヴ・サン＝ローランはデザイナーとしてのキャリアに幕を下ろしました。引退後、メゾンはアベニューマルソーの店舗を閉店。「彼を超える後継者は現れない」と言われ、オートクチュール部門は歴史に幕を閉じました。晩年はモロッコのマラケシュで静かに過ごす時間が多かったようです。2007年には再びレジオン・ドヌール勲章グラントフィシエを受章しています。

2008年 6月1日、癌のため71歳で逝去。パリで行われた告別式には、カトリーヌ・ドヌーヴやサルコジ大統領夫妻を含む多くの著名人や関係者が出席し、その死は世界中のメディアで大きく報じられました。彼の遺灰は、愛したマラケシュのマジョレル庭園に撒かれました。

ファッション界への貢献と評価

イヴ・サン＝ローランは、ファッションにおける様々な「初めて」を実現した人物として高く評価されています。その最大の功績の一つは、ランウェイや広告に有色人種モデルを積極的に起用したパイオニアであることです。彼のミューズであったナオミ・キャンベルは、ヴォーグ誌の表紙を飾りたいという願いに対し、サンローランが後押ししてくれたエピソードを明かしており、「私のキャリアにおいて極めて重要な人物」と語っています。また、初期の黒人スーパーモデルであるムーニアや、アフリカ出身のダイヤ・グェイェも、サンローランによって国際的なキャリアをスタートさせることができました。彼らは口々に、サンローランへの感謝と敬意、そして彼がもたらした肌の色に対する誇りや、父親のような存在だったことを語っています。

さらに、彼は日本のモデル、川原亜矢子を1990年代に起用し、パリ・コレクションやワールドカップ関連のショーに登場させました。川原はサンローランの人生を描いたドキュメンタリー映画にも登場しています。

イヴ・サン＝ローランの遺産は、革新的なデザインだけでなく、ファッション界における多様性の推進という点においても、今日のデザイナーたちに多大な影響を与え続けています。

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