イーゴリ・フェドロヴィッチ・シャリーギン

イーゴリ・フェドロヴィッチ・シャリーギン（Igor Fedorovich Sharygin、1937年2月13日 - 2004年3月12日）は、ソビエト連邦およびロシア連邦の時代を生きた傑出した数学者であり、情熱的な教育者、そして数多くの学生向け・一般向け数学書の著者です。特に初等幾何学の分野における貢献で広く知られ、難解と思われがちな数学を分かりやすく解説することで、科学知識の普及に大きく貢献しました。

経歴

シャリーギンの生い立ちは、彼自身の数学への道に深く関わっています。彼の父はバシキリアの貧しい家庭に生まれ、コムソモール活動を通じて頭角を現し、モスクワで党員となりました。一方、母はホメリのユダヤ人居住区出身で、ロシア革命後にモスクワに移住し、父と出会いました。

数学への興味は、初等教育の5年生時に数学の魅力に触れたことから芽生えました。特に数学教師であったツァーリク・イリヤ・チェレンチェヴィチ氏の指導を受け、数学オリンピックへの参加を奨められ、地区大会や都市大会で優秀な成績を収めています。9年生の頃からは、モスクワ大学が主催する数学サークルに通い、高度な初等数学の問題に取り組むなど、熱心に独習を続けました。その努力が実を結び、面接で高評価を得てモスクワ大学機械数学部へと進学しました。大学院修了後は母校の機械数学部で研究・教育に携わり、後に計算数学・サイバネティックス部でも勤務しました。

また、1968年には、反体制派であった詩人アレクサンドル・エセーニン＝ヴォーリピンの擁護を求める「99の手紙」に署名するなど、社会的な問題に対しても積極的に発言する姿勢を持っていました。

学術的貢献と教育活動

シャリーギンは、初等幾何学の専門家として教育界に多大な影響を与えました。ソ連時代を代表する科学雑誌「クヴァント」の編集に携わり、若者向けの数学記事を多数執筆しています。また、1999年から2002年にかけては国際数学教育委員会（ICMI）の実行委員会メンバーとして国際的な教育議論にも参加しました。モスクワ独立大学（МЦНМО）の幾何学部門長を務めるなど、後進の指導にも尽力しました。

彼は教育制度が抱える問題にも深い関心を寄せ、特に「ロシアの教育の危機」に関する著作を数多く発表しました。単なる知識の伝達に留まらない、本質的な教育のあり方について問い続けました。

著作物

シャリーギンは、数学教育の分野で多くの著作を残しています。特に、学生向けの幾何学問題集や教科書は広く用いられました。代表的な書籍には以下のようなものがあります。

『Задачи по геометрии. Планиметрия』 (1982)
『Задачи по геометрии. Стереометрия』 (1984)
『Геометрия 7—9』 (1997)
『Уроки дедушки Гаврилы, или Развивающие каникулы』 (2003) - 一般向けの数学読み物

また、専門誌や一般誌に教育論や数学に関する啓蒙的な記事を多数寄稿しました。例えば、「От какого «коня» примет смерть российская математика」（2002年）や「Нужна ли школе 21-го века Геометрия?」（2004年）といった記事では、当時のロシアにおける数学教育の現状に対する鋭い指摘を行っています。

エポニム

彼の数学および教育への貢献を記念して、いくつかの数学的概念やイベントにシャリーギンの名が冠されています。

シャリーギン三角形: 内心三角形が二等辺三角形になる不等辺三角形。
胡蝶定理の一般化: この定理の拡張形の一つにシャリーギンの名が付けられています。
三角形の中心: 約15個の特定の三角形の中心がシャリーギンの名で呼ばれています。
ロシアシャリーギン幾何学オリンピック: 2005年以降、高校生を対象に毎年開催されている幾何学の競技会。
* シャリーギン幾何学セミナー: 2008年よりMЦНМОが主催している幾何学に関するセミナー。

イーゴリ・シャリーギンは、数学者としての深い洞察と、教育者としての情熱をもって、ロシアの数学教育の発展に多大な足跡を残しました。彼の著作や、その名にちなむ様々な活動は、今なお多くの人々に影響を与え続けています。

もう一度検索