ウアジェト

ウアジェト：下エジプトの守護神

古代エジプト神話における重要な女神の一柱に、ウアジェト（Wadjet）がいます。ウジャトとも呼ばれるこの神の信仰の中心地は、ナイル川デルタ地帯にある古都ブトでした。ウアジェトは、特に下エジプト、すなわち北部のナイル川下流域を守護する存在として崇拝されていました。

名前の由来と神の姿

ウアジェトという名前は、「コブラの皮のように彩色されたパピルス」を意味するとされており、その名の通り、彼女はしばしばコブラの姿で表現されます。また、人間の女性の姿で描かれる場合でも、その頭上には護りのコブラが戴かれています。これは、ウアジェトが守護を司る女神であることと深く関連しています。下エジプト、特にナイルデルタの湿地帯にはコブラが多く生息しており、その力強く毒を持つ存在が、地域を守る神の象徴とされたと考えられます。コブラの独特の模様や色が、パピルス紙の彩色と結びつけられたという名前の由来もまた、この地の自然や文化との繋がりを示唆しています。

ファラオを守護する存在

ウアジェトは下エジプトの守護神であると同時に、上エジプト（南部のナイル川上流域）の守護女神であるネクベトとともに、エジプトを統一した王であるファラオを守護する役割を担いました。ネクベトはハゲワシの姿で表されることが多く、コブラのウアジェトとハゲワシのネクベトは、それぞれ下エジプトと上エジプトを象徴し、二柱が並び立つことで統一エジプトの王権とその正当性を示しました。ファラオの王冠には、しばしばこの二つの守護神の姿が配されており、王が両エジプトの支配者であり、強力な神々の加護を受けていることを視覚的に表していました。ウアジェトは、王の権威と安全を守る強力な護り手として崇拝されていたのです。

広く知られる「ウアジェトの目」

ウアジェトに関連する最も有名で、今日でもエジプトの象徴として広く認識されているものの一つに、「ウアジェトの目」があります。これは、エジプト神話における天空神ホルスが、父オシリスの敵であるセトと激しく争った際に、その左目を奪われてしまったという神話上の出来事に由来します。この失われた左目が、後に回復された（またはウアジェトと関連付けられた）とされ、「ウアジェトの目」あるいは「ホルスの目」として知られるようになりました。この目は、単なる視覚器官の象徴ではなく、強力な守護の護符、健康、回復、再生、そして王権の正当性など、様々な肯定的な意味合いを持つシンボルとなりました。古代エジプトでは、この目の図柄は壁画やパピルス文書、護符などに数多く描かれ、人々はこの強力なシンボルによって悪から守られ、幸運がもたらされると信じました。「ウアジェトの目」は、ウアジェト女神自身の持つ守護の力とも結びつけられ、ファラオや民衆にとって欠かせない重要なシンボルであり続けたのです。ウアジェトは、そのコブラの姿、ファラオを守護する役割、そして象徴的な「ウアジェトの目」を通して、古代エジプトの信仰と文化に深く根差した女神でした。

もう一度検索