ウィルヘルム・ヴォリンガー

ヴィルヘルム・ヴォリンガー：抽象と感情移入の美術史家

ヴィルヘルム・ヴォリンガー (1881年 - 1965年) は、20世紀を代表するドイツの美術史家です。彼は、美術史における革新的な視点と深い洞察力で知られ、特に「抽象と感情移入」という概念を用いた独自の美術史観で大きな影響を与えました。

生涯

ヴォリンガーは、1881年、ドイツのアーヘン近郊で生まれました。ベルン大学やボン大学で講師を務めた後、1928年にはケーニヒスベルク大学教授の地位に就きます。第二次世界大戦の勃発によりベルリンへ避難を余儀なくされ、戦後はソ連の支配下に入ったケーニヒスベルクを離れ、東ドイツのハレ大学教授、研究所長となりました。その後、1950年には西ドイツのミュンヘンへ亡命。ハーヴァード大学からの客員教授の誘いもありましたが、高齢と健康上の理由により辞退しました。

思想：抽象と感情移入

ヴォリンガーの美術史観は、ゲオルク・ジンメルやハインリヒ・ヴェルフリンといった当時の著名な思想家からの影響を受けて形成されました。特に、ウィーン学派のアロイス・リーグルが提唱した「芸術意欲」の概念を継承し、発展させました。

リーグルの「芸術意欲」を、ヴォリンガーは「抽象作用」と「感情移入作用」という二つの相反する要素から成るものと捉えました。芸術作品は、これらの作用のいずれかが優勢になったり、あるいは両者が複雑に絡み合ったりすることで成立すると考えたのです。

ヴォリンガーは、この視点から、ヨーロッパの美術史における偏りを指摘しました。ギリシャ・ローマ古典芸術やルネサンス以降の芸術を美的規範としてきたヨーロッパの美学は、古代エジプト美術、ビザンチン美術、ゴシック美術、東洋美術といった、異なる美的特徴を持つ芸術を正当に評価してこなかったと主張しました。これらの芸術においては、「抽象作用」がより強く働いていると彼は分析しました。

主要著作

ヴォリンガーの業績は数々の著作に結実しています。最も有名なのは、1908年に発表された『Abstraktion und Einfühlung（抽象と感情移入）』でしょう。この著作は、彼の美術史観を体系的に示したものであり、日本語にも翻訳され広く読まれています。

他にも、『Formprobleme der Gotik（ゴシック形式論）』、『Ägyptische Kunst（エジプト美術）』、そして現代美術を論じた『Problematik der Gegenwartskunst』など、多岐にわたるテーマを扱った著作を著しました。これらの著作は、美術史研究に多大な影響を与え、現代美術の理解にも貢献しています。

ヴォリンガーの遺産

ヴォリンガーの思想は、美術史研究に大きな影響を与えました。彼の「抽象と感情移入」という概念は、芸術作品を理解するための重要な枠組みとして、現在でも広く用いられています。また、彼の研究は、これまで軽視されてきた非西洋美術や中世美術の再評価につながり、美術史研究の視野を広げる役割を果たしました。

ヴォリンガーの業績は、単なる美術史研究にとどまりません。彼の思想は、現代美術の理解や評価においても重要な意味を持ち続けているのです。彼の著作は、今日においても美術史研究者や現代美術に関心を持つ人々にとって、必読書であり続けています。

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