ウォルター・シドニー・アダムズ

ウォルター・シドニー・アダムズ（1876年 12月20日 - 1956年 5月11日）は、20世紀前半のアメリカを代表する天文学者の一人です。彼は特に、恒星の物理的性質や距離の測定、太陽系天体の研究など、観測天文学の多岐にわたる分野で顕著な業績を残しました。

生い立ちと教育

アダムズは、宣教師であった両親のもと、オスマン帝国領（現在のトルコ南部）にあった古代都市アンティオキアで生を受けました。幼少期を異国の地で過ごしましたが、1885年に一家はアメリカ合衆国へ帰国しました。高等教育はダートマス大学で受け、卒業後、アメリカを代表する研究機関の一つであったヤーキス天文台で天文学者としてのキャリアをスタートさせました。

ウィルソン山天文台での功績

彼は後に、当時の観測天文学の中心地となるウィルソン山天文台の設立準備段階から深く関わりました。この巨大天文台が完成した後、彼はその運営において重要な役割を担い、1921年には副所長に就任しました。そして1923年から1946年までの長きにわたり、所長として天文台の研究活動を牽引し、その黄金期を支えました。特に、大口径望遠鏡を用いた高精度なスペクトル観測の技術発展に貢献しました。

主要な研究業績

アダムズの研究は多岐にわたりますが、中でも以下の三つは特筆すべきものです。

1. 恒星までの距離測定法の開発

アダムズの最も重要な貢献の一つは、恒星までの距離を測定する独創的な方法の開発です。彼は同僚のアーノルド・コールシュッターとともに、恒星のスペクトルを詳細に分析することで、その絶対等級（固有の明るさ）を推定できることを発見しました。恒星のスペクトル線の中には、星の表面重力や温度に敏感なものがあり、それらを調べることで星本来の明るさを知ることができるのです。そして、絶対等級と地球から観測される見かけの等級の差から、その恒星までの距離を算出するという手法を確立しました。これは「スペクトル視差法」、あるいは共同研究者の名にちなみ「アダムズ・コールシュッター効果」とも呼ばれ、それまで限られた範囲でしか適用できなかった三角視差に代わる、より遠方の恒星の距離測定を可能にする画期的な方法となりました。この手法は、宇宙のスケールを理解する上で極めて重要な役割を果たしました。

2. 金星大気の研究

彼はまた、惑星大気の研究にも関心を寄せました。特に、セオドア・ダンハム・ジュニアと協力して、金星の大気を高精度に分光観測しました。この研究は、金星大気の組成や構造を理解する上で重要な手がかりを与えるものでした。金星大気に関する初期の重要な知見は、この共同研究によって得られたものです。

3. 白色矮星の確認

さらに、アダムズは恒星の進化の謎にも挑みました。彼は特に、夜空で最も明るい恒星であるシリウスの伴星、通称シリウスBに注目しました。この伴星は非常に小さく暗いにもかかわらず、質量が大きいことが理論的に予測されており、その正体は当時の天文学者にとって大きな課題でした。アダムズは詳細なスペクトル観測に基づき、シリウスBが極めて高密度の奇妙な天体であることを実証しました。彼は1915年の観測から、シリウスBの光がその強い重力によって波長がわずかにずれる「重力赤方偏移」を示唆する結果を得ました。この観測は後にエディントンらによって理論的に裏付けられ、シリウスBが理論的に予測されていた「白色矮星」という、電子が縮退した高密度のコンパクト星であることを明確に示した最初の事例の一つとなりました。この発見は、恒星が一生の終わりにたどり着く可能性のある特異な姿を示唆するものであり、恒星進化論の発展に不可欠な貢献となりました。

受賞歴

アダムズは、その顕著な業績に対し、国内外の著名な賞を数多く受賞しました。

イギリス王立天文学会ゴールドメダル (1917年)
ヘンリー・ドレイパー・メダル (1918年)
ジュール・ジャンサン賞 (1926年)
ブルース・メダル (1928年)
ヘンリー・ノリス・ラッセル講師職 (1947年)

栄誉

彼の天文学への貢献を記念して、いくつかの天体にその名が冠されています。

小惑星(3145) ウォルター・アダムズ
* 月のクレーター「アダムズ」

結び

ウォルター・シドニー・アダムズは、優れた観測技術と深い洞察力をもって、恒星物理学、惑星科学、そして天文台運営において多大な遺産を残しました。彼が開発した距離測定法や白色矮星の研究は、その後の天文学の発展に計り知れない影響を与えています。ウィルソン山天文台長としてのリーダーシップもまた、多くの重要な発見を可能にする基盤を築きました。彼の生涯は、観測の精密化と理論的考察の結びつきが、宇宙の理解を深める上でいかに重要であるかを示しています。

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