ウラジミール・ジャンケレヴィッチ

ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ

ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ（1903年8月31日 - 1985年6月6日）は、20世紀のフランスを代表する哲学者の一人です。その思想は既存の学派に容易に分類することができず、「分類できない哲学者」と称されました。彼は、古代ギリシア哲学（プラトン、アリストテレス、プロティノス）や教父哲学（アウグスティヌス）、モラリスト（グラシアン）、近代哲学（スピノザ、ライプニッツ）、ドイツ観念論以降（シェリング、キェルケゴール、ニーチェ）、そして「生の哲学」（ジンメル、ベルクソン）など、極めて広範で多様な思想の源泉から深い影響を受けています。哲学研究に加え、ドビュッシーやラヴェルといった作曲家に関する優れた音楽論でも著名です。また、自身も熱心なピアノ演奏家であり、その演奏の記録も残されています。

生涯

ジャンケレヴィッチはフランス中央部の都市ブールジュで生を受けました。両親はかつてロシア帝国領だった地域（現在のベラルーシにあたる）からの移民でした。父親のシュムエルは医師であると同時に、ヘーゲル、シェリング、フロイト、クローチェなど、ドイツやイタリアの重要な思想家の著作をフランス語に翻訳した人物でもありました。

彼はパリのエコール・ノルマル・シュペリウール（高等師範学校）で高度な教育を受け、1926年には哲学の教授資格であるアグレガシオンに首席で合格する優秀さを示しました。学生時代には、レオン・ブランシュヴィック、エミール・ブレイエ、ジャン・ヴァールといった当時の高名な哲学者たちに師事しました。

1927年から1932年にかけては、チェコスロバキアのプラハにあるフランス学院に勤務しました。このプラハ滞在中に、1931年に最初の単著となる『ベルクソン』を出版しています。1932年には、主論文『後期シェリング哲学における精神のオデュッセイア』と副論文『疚しい意識の価値と意味』によって博士号を取得しました。その後、フランス国内の各地で教職に就きますが、第二次世界大戦が勃発すると軍に召集され、戦闘で負傷しました。不幸にも、負傷療養中にヴィシー政権による反ユダヤ人政策の犠牲となり、軍籍を剥奪されて除隊、さらに教職からも追放されました。こうした困難な状況下で、彼はレジスタンス運動に参加しました。

終戦を迎えると、ラジオの音楽放送における顧問としての活動を経て、再び大学での教職に復帰しました。1949年には、後に彼の代表作の一つとなる大著『徳論』を刊行しました。1951年からはパリ大学（ソルボンヌ）で道徳哲学の教授を務め、その講義は専門家だけでなく一般市民にも門戸を開放し、ラジオでも放送されるなど、広く聴衆を集めました。1978年に定年を迎えた後も、3年間にわたり名誉教授として教壇に立ち続けました。

哲学研究に加えて、彼は積極的に社会問題に関わりました。特に、1965年にナチス戦犯の時効に関する議論が高まった際には、断固として「時効なし」の立場を主張し、強い論陣を張りました。1968年の五月革命に際しても、学生デモに積極的に参加し、学生たちからの厚い信頼を得た数少ない知識人の一人でした。また、自身ユダヤ系の出自でありながら、1982年にはイスラエル軍によるレバノンのベイルート侵攻に対する抗議デモに参加するなど、批判的な姿勢を示しました。

1985年6月6日、パリの自宅で永眠しました。

思想

ジャンケレヴィッチの哲学は、そのキャリアを通じて一貫して人間的な事象、特に道徳や時間、死といったテーマに深く根差しています。彼の思想は観念的な側面を持ちますが、一般的に語られる実存主義とは異なり、より形而上学的な探求の色合いが強いのが特徴です。彼の著作の文体は、難解で理解不能というわけではありませんが、その該博な知識を背景にした独特の語彙や概念の使用、そして一般的な論理構造に収まらない文章の展開から、容易に要約的な理解を許さない側面があります。

彼の同時代には、ジャン＝ポール・サルトル、ジャック・ラカン、ジョルジュ・カンギレム、エマニュエル・レヴィナスといった影響力の大きい哲学者たちが活躍していました。ジャンケレヴィッチ自身が、当時のフランス現代思想の主流派に位置づけられることは少なかったものの、その思想は他の哲学者たちに影響を与えました。特に、レヴィナスだけでなく、ジル・ドゥルーズ、ミシェル・セール、ジャック・デリダといった後続の思想家たちの著作にも、彼への言及が見られます。

思想の展開は時期によって特徴が見られます。初期（1930年代）には、アンリ・ベルクソンに関する詳細な研究書をいち早く発表し、特に『道徳と宗教の二源泉』以前のベルクソンから独自の道徳論的視点を抽出しました。このベルクソン論は本人からも高い評価を得ています。また、難解なシェリング後期哲学に果敢に挑み、そこで得た洞察は後年の哲学に活かされました。この時期には、『疚しい意識』などで道徳的意識に関する繊細な分析も行っています。初期の音楽論としては、フォーレやラヴェルに関する著作があり、具体的な楽曲分析に独立した章を設けるなど、後の音楽論にはない特徴が見られます。

戦中から戦後にかけて（1940-60年代前半）は、哲学の中心テーマが道徳論や形而上学へと広がります。特に1949年に刊行された『徳論』は、彼の思想を包括的に展開した大著です。また、『第一哲学』では「ほとんど」の哲学として形而上学を探求しました。これらの著作は内容的にも深まりを見せますが、同時に難解さも増しています。この時期には、ドビュッシーやショパンに関する音楽論も発表されました。戦後のソルボンヌでの倫理学講義は非常に人気があり、専門家以外の多くの聴衆を惹きつけました。この頃の思想では、通常の知覚や経験を超えた「絶対的に他なるもの（l'Absolument-autre）」という概念が繰り返し現れ、「まったくべつの秩序」「いわくいいがたいもの」「なんだかわからないもの」「神秘」といった様々な言葉で表現されています。

1965年のナチス戦犯時効問題への積極的な関与をきっかけに、ジャンケレヴィッチの思想への注目度が高まりました。1960年代後半から1970年代初頭にかけては、これまでの著作の増補改訂作業を進めるとともに、『死』や『還らぬ時と郷愁』といった後期の主著が執筆されました。後期の思想の際立った特徴は、時間の不可逆性、出来事の一回性、そして過去を消し去ることのできない性質が強く強調される点にあります。これは音楽論にも反映され、演奏行為における瞬間性や即興性が重視されました。音楽論の集大成として、壮大な『音楽から沈黙へ』全7巻が計画されましたが、実現したのは初期著作の増補改訂版である第1巻（フォーレ論）、第2巻（ドビュッシー論）、第5巻（リスト論）のみでした。

ウラジーミル・ジャンケレヴィッチの哲学は、その多様な思想源泉と独自の視点によって、人間存在の根源的な問題、特に時間、死、道徳、そして赦しといったテーマを深く探求しました。その思想は容易に体系化されませんが、その問いかけは現代においても重要な意味を持ち続けています。

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