ウーシア

ウーシア：実体と本質の探求

ウーシア（οὐσία, ousia）は、古代ギリシア語に由来する哲学用語で、「実体」（substance）または「本質」（essence）と訳されます。この言葉は、アリストテレス哲学の中心概念の一つであり、その後の西洋思想、イスラーム思想に大きな影響を与えました。

ウーシアの起源と変遷

ウーシアは、元々日常的な言葉として「財産」や「富」などを意味していました。哲学用語として使われるようになったのはアリストテレス以降ですが、それ以前の哲学者も、この言葉を哲学的な意味合いで用いることがありました。例えば、プラトンの対話篇では、「ウーシア」が「～である」という存在の意味合いで使われています。しかし、アリストテレス以前は、明確な哲学用語としての定義は確立されていませんでした。

アリストテレスによる定義

アリストテレスは、著書『範疇論』と『形而上学』で、「ウーシア」を詳細に定義しました。

『範疇論』における定義

『範疇論』において、アリストテレスは実体を以下のように2つに分類しました。

第一実体: 個々の具体的な物（例えば、特定の人間や動物など）。これは主語となるものです。
第二実体: 種や類といった概念（例えば、人間や動物など）。これは述語となるものです。

アリストテレスは、師であるプラトンがイデアを本質的な存在と考えたのに対し、個物を第一の実体と考えました。

『形而上学』における定義

『形而上学』では、アリストテレスは第一実体である個物を「質料」（素材）と「形相」（本質）の結合体であると述べました。そして、真の実体は形相であるとしました。

第一実体: 個物（質料と形相の結合体）。
質料：基となる素材。
形相：本質、そのものをそのものたらしめるもの。
第二実体: 種や類の概念（普遍的なもの）。

アリストテレスは、用語集である『形而上学』第五巻（Δ巻）において、「ウーシア」をさらに多義的に定義しています。

1. 単純物体：土、火、水などや、それらの構成物。述語にはならず、主語となるもの。
2. 1のような諸実体に内在する原因となるもの：生物における霊魂など。
3. 1のような諸実体の中に部分として内在し、個別性を限定するもの：物体における面、面における線、あるいは数など。
4. そのものの本質の定義を言い表す説明方式（ロゴス）。

これらの定義から、「ウーシア」は、

究極の基体（個物）。
指示されうる存在であり、離れて存在しうるもの（形相）。

という2つの意味を持つ多義的な言葉であることがわかります。

後世への影響

ギリシア・ラテン語圏

アリストテレス以降、ウーシアは、ペリパトス派、アカデメイア派、ストア派など、様々な立場で使われました。特に4世紀には、ギリシア教父たちによって「ウーシア」と「ヒュポスタシス」をめぐる議論が展開され、ニカイア信条の三位一体論において重要な役割を果たしました。

ラテン語圏では、「ウーシア」は「スブスタンティア」と「エッセンティア」の二つの言葉に訳されました。ボエティウスは、『範疇論』のラテン語訳において「スブスタンティア」を採用し、これが以降のラテン語圏における定訳となりました。日本においては、英語の「substance」の訳語である「実体」が、「ウーシア」の定訳とみなされるようになりました。

イスラーム思想

アラビア語圏では、「ウーシア」は「ザート」と訳されました。ザートは、実在や本質を意味する多義的な言葉で、イスラーム思想において、神の属性や存在論的な問題と結びついて議論されました。イブン・スィーナーは、アリストテレス、ファーラービー、プロティノスの研究をもとに独自の存在論を確立し、「ザート」をアプリオリな認識対象としました。

近代哲学における「実体」と「本質」

近代哲学では、「実体」と「本質」を巡る議論が展開されました。「実体」は自然科学の発展とともに、物質的な側面が強調されるようになりました。一方で、「本質」は、人間の実存や現実存在と対比されるようになり、実存主義の哲学者たちが、個々の人間の存在の優位性を主張しました。また、構造主義やポスト[[構造主義]]では、「本質」の認識が社会や言語といった構造によって拘束されると論じられました。

まとめ

ウーシアは、古代ギリシア哲学から現代思想に至るまで、哲学の中心的なテーマの一つであり続けています。この概念の多義性と変遷を理解することは、西洋思想、イスラーム思想、現代思想を理解する上で不可欠と言えるでしょう。

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