エオティラヌス

エオティラヌス：白亜紀前期の謎めいた捕食者

エオティラヌス( Eotyrannus) は、白亜紀前期（約1億3000万年前）に現在のイギリス、ワイト島に生息していた獣脚類恐竜です。ティラノサウルス上科に属しますが、ティラノサウルス・レックスのような巨大な姿とは異なり、中型の体格を持っていました。発見された化石は、幼体から亜成体までの骨格で、頭骨、脊椎、四肢などの多くの部位が確認されています。しかし、化石の保存状態は良好とは言えず、多くの骨がバラバラの状態で見つかりました。そのため、骨格全体の復元には多くの困難が伴いました。

エオティラヌスの特徴

エオティラヌスの特徴的な形態は、頭骨に見られます。歯骨（下顎骨）の先端には、特徴的な窪みと突起があり、側面上には湾曲した筋が走っています。また、上角骨（頭骨の一部）にも、独特の溝状の窪みが見られます。これら特徴の一部は、後にティラノサウルス上科全体に共通する特徴であることが判明しましたが、エオティラヌス独自の特徴も存在します。四肢については、尺骨と橈骨（前肢の骨）の断面が涙滴型をしていることが確認されています。

エオティラヌスの体長は、ホロタイプ標本から約4メートルと推定されています。このサイズ感は、ティラノサウルス上科の中でも初期の段階に位置付けられることを示唆しています。完全な脊椎骨は発見されておらず、複数の椎体と神経棘から成る不完全な脊椎が発見されたことから、複数の個体の骨格が混ざり合っている可能性は低いとされています。

発見と命名

エオティラヌスの化石は、1995年にワイト島の海岸で化石収集家のギャビン・レング氏によって発見されました。彼は発見した鉤爪をワイト島の地質博物館に持ち込み、その後の調査で、多くの骨格化石が発見されました。2000年に、レング氏に敬意を表して Eotyrannus lengi と命名されました。2001年には、スティーブ・ハット氏らによって正式に記載されました。その後、2018年には、ハット氏の研究仲間であるダレン・ナイシュ氏によって、エオティラヌスの学術論文がオープンアクセスで公開されました。さらに2021年には、恐竜博物館による頭骨の立体復元も実現しています。

系統発生

エオティラヌスの発見は、ティラノサウルス上科の進化史に新たな知見をもたらしました。エオティラヌスは、ティラノサウルス上科の中でも初期の段階に位置し、比較的長い四肢と3本の指を持っていたと考えられています。これは、ティラノサウルス上科が、大型化していく過程で四肢が短くなったことを示唆する証拠となりました。また、エオティラヌスの発見は、ティラノサウルス上科のアジア起源説に対する反証ともなりました。

初期にはメガラプトル類に分類される説もありましたが、多くの研究により、ティラノサウルス上科、特に後のパンティラノサウリアに分類されることが確実視されています。ティムルレンギアやストケソサウルスなどの中間的な特徴を持つ種と近縁と考えられています。

古生態学

エオティラヌスは、当時のワイト島の生態系において、重要な捕食者としての役割を果たしていたと考えられています。その獲物としては、小型から中型の哺乳類（スパラコテリウム科やエオバアタル科）、鳥脚類（ヒプシロフォドンなど）、そして大型恐竜の幼体などが挙げられます。また、多くの獣脚類と同様に、共食いを行っていた可能性も示唆されています。

エオティラヌスは、ネオヴェナトルやバリオニクスといった大型獣脚類と競争関係にありました。これらの大型獣脚類に対しては、俊足で危険を回避していたと考えられます。一方で、アリストスクスなどの小型獣脚類とも、獲物や生息域を巡って競争していたでしょう。こうした競争は、エオティラヌスの比較的大きな体格や頑丈な頭部の進化に影響を与えたと考えられています。

エオティラヌスの生息環境は、現在の地中海沿岸地域のように温暖で湿潤な気候だったと推定されています。しかし、乾季もあったと考えられており、植物相も、そのような環境に適応した種類で構成されていました。この地域には、エオティラヌス以外にも、様々な恐竜や哺乳類が生息していました。

まとめ

エオティラヌスは、ティラノサウルス上科の進化を理解する上で重要な恐竜です。化石の保存状態の悪さや断片的な情報にも関わらず、多くの研究によって、その形態、生態、そして当時の環境について、多くの知見が得られました。今後の研究により、さらに詳細な情報が明らかになることが期待されます。

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