エジプトへの逃避途上の休息 (クラナッハ)

ルーカス・クラナッハ（父）「エジプトへの逃避途上の休息」

ルーカス・クラナッハ（父）が1504年に描いた油彩画『エジプトへの逃避途上の休息』は、画家自身の署名と制作年が記された最初の作品です。この作品は、『新約聖書』の「マタイによる福音書」に記された聖家族のエジプトへの逃避をテーマにしています。ベルリン絵画館に所蔵されており、クラナッハの初期作品として重要な位置を占めています。

作品の背景

「マタイによる福音書」によれば、生まれたばかりのイエス・キリストの養父である聖ヨセフは、天使からのお告げを受けます。ヘロデ大王が「ユダヤ人の王」となる新生児を脅威とみなし、幼子を殺そうとしていることを知ったヨセフは、家族と共にエジプトへ逃れるよう指示されます。

このエピソードは、15世紀から16世紀後半にかけて、特にネーデルラントやドイツで好んで描かれました。聖母マリアと幼子イエス、そしてヨセフがエジプトへ逃れる途中で休息する様子は、広大な風景の中に表現されることが多く、クラナッハの本作もその典型的な例です。彼の活動拠点であったドナウ川上流地域の豊かな自然が、鮮やかな色彩で描かれています。

絵画の詳細

絵の中央では、聖母マリアが斜面の草地に腰掛け、幼子イエスを膝に乗せています。聖ヨセフは、手に帽子を持ち、杖に寄りかかってマリアの背後に立っています。画面中央では、豪華な衣装をまとった3人の天使たちが歌い、フルートを奏でています。裸の天使たちは音楽に聴き入り、眠ったり、泉の水を容器に入れたり、飛び立つ鳥を捕まえたりしています。さらに、天使の一人はイエスにイチゴのついた花咲く枝を渡しています。背景には、白樺、モミ、若木、枯れた木など、様々な種類の木々が描かれており、場面を縁取っています。

この場所には、様々な種類の花が見られます。これらの植物の中には、聖母とイエスを象徴するものがあります。例えば、オダマキやキバナノクリンザクラは、聖母とイエスを象徴するとともに、イエスの受難を暗示しています。アザミもまた、茨の冠を連想させ、イエスの苦難を示唆しています。これらの要素は、来るべき苦難を示唆する陰の側面を表しています。

一方で、泉が花園のような場所を作り出し、天使たちが登場することで、ここは天国のような場所にも見えます。イチゴは天国の果物とされており、聖家族の休息場所が、天国の楽園のような喜びの場面としても描かれているのです。このように、クラナッハは聖家族の休息という場面の中に、喜びと苦難の両面を描き出し、深い象徴性を込めているのです。

まとめ

ルーカス・クラナッハ（父）の『エジプトへの逃避途上の休息』は、聖家族の逃避という宗教的な主題を、美しい風景と繊細な描写で表現した傑作です。花や植物の象徴性、天使たちの存在など、多くの要素が組み合わさって、絵画全体の深い意味を作り出しています。この作品は、クラナッハの初期の傑作として、またルネサンス美術の重要な作品として、美術史の中で高く評価されています。

参考資料

有川治男・重延浩・高草茂編集『NHK ベルリン美術館1 ヨーロッパ美術の精華』、角川書店、1993年刊行　ISBN 4-04-650901-5
大島力『名画で読み解く「聖書」』、世界文化社、2013年刊行　ISBN 978-4-418-13223-2

外部リンク

* ベルリン絵画館公式サイト、ルーカス・クラナッハ『エジプトへの逃避途上の休息』 (ドイツ語、英語)

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