エドナ・アダン・イスマイル

エドナ・アダン・イスマイル（1937年 9月8日生まれ）は、ソマリランドの首都ハルゲイサに自身が設立した産科病院を通じて、多くの女性と子供たちの命を救ってきたソマリ人の人道支援家、看護助産師、そして政治家です。彼女はソマリランド初の女性外務長官を務めたほか、特に自身の辛い経験から女性器切除（FGM）の撲滅に生涯をかけて取り組んでいます。

若き日々から先駆者へ

エドナ・アダンは、1937年に当時イギリス領だったソマリランドのハルゲイサで、著名な医師である父のもとに生を受けました。母親が5人の子供のうち2人を出産時に亡くすという経験は、幼い彼女に医療の重要性を強く印象づけました。

8歳の時、エドナは母親と祖母によって女性器切除（FGM）の手術を受けました。これは父親が不在の間に秘密裏に行われたもので、帰宅した父親は激怒し、夫婦間に大きな争いをもたらしました。この出来事は、エドナが後にFGMの撲滅運動に身を投じる決定的なきっかけの一つとなります。

当時のソマリランドでは、女子が学校教育を受ける機会は非常に限られていました。しかし、彼女の父親は先見の明を持ち、自宅で地元の少年たちのために家庭教師を雇っていました。エドナはこれに加わり、少年たちと共に読み書きを学びました。その後、教師をしていた叔母を頼って隣国ジブチの学校で学びを深めます。

子供の頃の母の出産経験や自身のFGM体験から、医療、特に女性と子供の健康に関心を抱いたエドナは、イギリスへの留学を決意します。ロンドンのバラポリテクニック（現在のロンドン・サウス・バンク大学）で看護師と助産師の教育を受けました。彼女は「イギリスで教育を受けた最初のソマリ人女性」「ソマリア初の看護助産師」として知られるようになり、さらにソマリ人女性として初めて自動車を運転したことでも歴史に名を刻みました。

結婚、WHO職員を経て

イギリスから帰国後、エドナは当時のソマリア首相だったイブラヒム・エガルと結婚し、アメリカ訪問時にはリンドン・ジョンソン大統領と面会するなど、国際的な舞台にも立ちました。しかし、この結婚は後に終焉を迎えます。

離婚後、エドナは世界保健機関（WHO）の職員として新たなキャリアをスタートさせました。1980年代初頭には、医師であった父親の長年の夢であった故郷への病院設立プロジェクトを推進します。しかし、ちょうどその頃、ソマリア北西部（現在のソマリランド）では内戦が激化し、やむなく故郷を離れることになりました。その後、WHOのジブチにおける代表を務めましたが、1997年に退職します。

ゼロからの病院設立

WHOを退職したエドナは、荒廃した故郷ソマリランドに戻り、産科病院の建設という困難な挑戦に着手しました。病院を建設する場所は、当時ソマリランドの大統領となっていた元夫のイブラヒム・エガルと交渉し、かつての独裁政権の象徴であり、ゴミ捨て場と化していた土地を政府から提供してもらいました。

建設資金の調達も容易ではありませんでした。自己資金として80万ドルを投じましたが、それだけでは足りず、ニューヨーク・タイムズの記者が募金活動を行ったほか、世界中の人々、特にアメリカ人女性からの寄付によって、プロジェクトは支えられました。

内戦の影響で、訓練を受けた医療スタッフが極めて不足していました。エドナは病院の開院に先立ち、2000年から自ら看護師の訓練を開始し、候補者の中から選ばれた30人を教育しました。

こうした並々ならぬ努力の結果、2002年3月9日、「エドナ・アダン産科病院」は正式に開院しました。2018年時点では、200名のスタッフと1500名の学生が在籍するまでに成長し、2つの手術室、検査室、図書館、コンピューターセンターに加え、看護師と助産師を養成するための専門棟を備えています。

政治活動と人道支援

エドナは病院運営と並行して、ソマリランド政府の要職も歴任しました。2002年には社会問題・家族福祉長官に就任。2003年から2006年まではソマリランド初の女性外務長官として外交の舞台で活躍しました。2022年からは、代表なき国家民族機構の代表として国際的な発信を続けています。

彼女の人道活動、特にFGM撲滅に向けた取り組みは、イギリスやアメリカの慈善団体からも強力な支援を受けています。この支援は、産科医療を担う助産師の育成強化や、ソマリランド国内でのFGMに関する意識向上と根絶に向けた活動に活かされています。

高い評価と受賞歴

エドナ・アダンは、その多大な功績に対し、世界中から数多くの評価と賞賛を受けています。2002年には女性の身体的完全性のための研究行動と情報ネットワーク（AMANITARE）から年間最優秀賞を受賞し、2007年にはトレド大学からMedical Mission Hall of Fameに選出されました。

また、マサチューセッツ州のクラーク大学、イギリスのカーディフ大学（名誉フェロー）、英国王立産科婦人科学会（名誉フェロー）、ロンドン・サウスバンク大学など、国内外の著名な教育機関から名誉博士号や名誉フェローシップを授与されています。

2023年には、宗教と科学の分野で顕著な貢献をした人物に贈られる権威あるテンプルトン賞を受賞しました。2012年にはフィスチュラ財団のCEOであるケイト・グラントから「イスラムのマザー・テレサ」と称されるなど、その活動は広く人々に感銘を与えています。

エドナの活動はメディアでも大きく取り上げられています。2012年にはアメリカの公共放送サービス（PBS）のドキュメンタリー番組「ハーフ・ザ・スカイ」で紹介され、2017年にはBBCラジオ4の「無人島ディスク」にゲストとして出演しました。

エドナ・アダン・イスマイルは、逆境の中でも希望を失わず、故郷ソマリランドの女性と子供たちの健康と権利のために尽力し続ける、まさに生ける伝説として、世界に影響を与え続けています。

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