エドフ神殿

ナイル川沿いの古都エドフにたたずむエドフ神殿は、紀元前3世紀から1世紀にかけて、すなわち古代エジプトのプトレマイオス朝時代に建設された壮麗な建築物です。この神殿は、天空を司るハヤブサの姿をした神ホルスに捧げられており、「エドフのホルス神殿」としても広く知られています。驚くべきはその保存状態の良さで、古代エジプトの神殿建築の典型的な姿を現代に伝える貴重な存在となっています。

歴史と建造

エドフ神殿の建設は、プトレマイオス3世の治世下である紀元前237年に始まり、プトレマイオス12世の時代にあたる紀元前57年に至るまで、実に約180年もの歳月をかけて行われました。この長期間にわたる建設は、当時のプトレマイオス朝の繁栄を反映しています。現在の神殿が建つ場所には、それ以前にもホルスに捧げられた神殿が存在していました。新王国時代のラムセス1世、セティ1世、ラムセス2世といったファラオたちによる建設の痕跡を示す碑文も発見されています。また、内部には、さらに古いネクタネボ2世（紀元前4世紀）の神殿の一部が保存されており、現在の至聖所の周囲を囲むように配置されています。

神殿の宗教施設としての役割は、西暦391年にローマ皇帝テオドシウス1世が非キリスト教信仰を禁止する勅令を出したことにより終焉を迎えました。その後、キリスト教徒によって多くのレリーフが損傷を受け、異教の痕跡を消し去る目的で火が放たれたと見られる、多柱室の煤けた天井がその歴史を物語っています。

何世紀にもわたり、エドフ神殿は砂漠の砂やナイル川の氾濫による泥によって深く埋もれていきました。地元の人々は埋もれた神殿の上に家を建てて暮らしていました。1798年、フランスの遠征隊によって神殿の塔門の上部が偶然発見され、その存在が再認識されました。そして1860年、フランスの著名なエジプト学者であるオギュスト・マリエットが大規模な発掘調査を開始し、神殿全体を砂の中から掘り起こし、その壮大な姿を再び現世に示しました。

構造

エドフ神殿は、古代エジプトの神殿に典型的な南北軸に沿って配置されており、以下の主要な部分から構成されています。

塔門（パイロン）: 神殿の正面にそびえる巨大な門で、レリーフが豊富に施されています。
周柱式中庭（大中庭）: 塔門を抜けた先にある広々とした空間で、周囲を柱廊に囲まれています。
多柱室（第一・第二）: 中庭の奥に進むと現れる、多数の柱が立ち並ぶ広間です。かつては屋根がありました。
交差広間・控室: 至聖所に近づくにつれて現れる小部屋群で、儀式のための準備や保管に使用されました。
至聖所（聖域）: 神殿の最も奥に位置する神聖な場所で、神の像や聖舟が安置されていました。現在の至聖所内には、以前のネクタネボ2世の神殿の一部が残されています。
礼拝室・保管室: 至聖所の周囲を取り囲むように配置された小部屋群で、神殿で使用される品々が保管されていました。

これらの構造は、古代エジプトの宇宙観や宗教儀式を反映しており、壁面に刻まれた碑文やレリーフは、当時の言語、神話、儀礼について貴重な情報を提供しています。特に、神殿の建設過程や、創造神話と神殿の関連、そしてホルスとセトの戦いの物語を描いた場面は、ドイツのエドフ・プロジェクトなどによって詳細な研究が進められています。

宗教的意義と観光

エドフ神殿は、ハヤブサ神ホルスへの信仰の中心地であり、様々な宗教的な祭典がここで行われました。特筆すべきは、デンデラ神殿の女神ハトホルが毎年ナイル川を下り、エドフのホルスを訪れる「聖なる結婚」の祭りでした。この祭りは多くの巡礼者を集め、一大イベントとなっていました。

その良好な保存状態と考古学的な重要性から、エドフ神殿は現代エジプトにおける重要な観光地の一つとなっています。ナイル川クルーズ船の主要な立ち寄り地であり、多くの観光客が訪れます。近年、観光客の利便性向上のため、ビジターセンターや駐車場の整備が進められ、夜間照明も設置されて、幻想的な夜の姿も楽しめるようになりました。

他の建築への影響

エドフ神殿の建築様式は、後の時代や他の地域の建築にも影響を与えました。例えば、イギリスのリーズにある「テンプル・ワークス」という建物は、エドフ神殿の中庭の柱廊をモデルにして建てられています。このように、エドフ神殿は古代エジプト建築の傑作としてだけでなく、後世の建築にもインスピレーションを与え続けています。

エドフ神殿は、砂に埋もれ、歴史の波に洗われながらも、その壮麗な姿をほぼ完全に保ち、古代エジプト文明の栄華と信仰の深さを今に伝える貴重な遺産と言えるでしょう。

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