エメリヤン・プガチョフ

エメリヤン・プガチョフとプガチョフの乱：18世紀ロシアを揺るがした反乱

1740年（または1742年）、ヤイク川（現在のウラル川）地方で生まれたエメリヤン・イヴァーノヴィチ・プガチョフは、ドン・コサックの出身でした。若くしてコサック軍に入り、七年戦争や露土戦争に従軍、少尉にまで昇進するなど、軍人としての能力を発揮します。しかし、その後、負傷やトラブルをきっかけに放浪生活を送るようになり、幾度か逮捕を経験します。

転機は1773年以降に訪れます。古儀式派の教えに触れ信仰するようになったプガチョフは、農奴制廃止を掲げ、密かに反乱計画を進めます。驚くべきことに、文盲であったにも関わらず、軍隊や官僚機構、さらには諜報機関まで組織します。有能な指揮官を集め、偽名を使って行動することで、政府の目を欺いていました。

プガチョフの軍は、巧みな策略によって急速に拡大していきました。彼は飴と鞭を巧みに使い分け、農民だけでなく、バシキール人、チュヴァシ人、カルムイク人など様々な民族、工場労働者や炭鉱夫をも味方につけていきました。さらに、宗教指導者、司祭やムッラーまでも取り込み、彼らを巧みに利用して、プガチョフこそが救世主であるというプロパガンダを広げ、農民たちの支持を固めていきました。当時、皇帝による教会の統制の強化や、農村部における終末論的な雰囲気が、プガチョフの台頭を後押しした側面もあったと言えるでしょう。

1773年9月、数十名のコサックと共に反乱を開始すると、各地で要塞を陥落させ、勢力を拡大していきます。プガチョフは「自分はピョートル3世である」と僭称し、農奴制廃止を宣言することで、農民たちの支持を更に高めました。反乱軍は、農奴、ドン・コサック、古儀式派信者など、様々な層から構成されており、その多様性が反乱の規模を拡大させる要因の一つとなりました。

初期の段階では、露土戦争で疲弊したロシア政府は、プガチョフの反乱を軽視していました。しかし、反乱軍はオレンブルク包囲、サクマーラ制圧、ヤイツク包囲など、次々と勝利を収めていきます。1774年初頭には、ヴォルガ川とウラル山脈にまたがる広大な地域を掌握するまでに至りました。しかし、急速な領土拡大は、逆に戦力の分散を招くこととなり、政府軍の反撃の好機を与えてしまいました。

政府軍の反撃が始まると、プガチョフ軍は徐々に劣勢に転じます。タチシェヴォイの戦い、サクマーラの戦いなどで敗北を重ね、カザンの戦いでは、一時的に勝利を収めたものの、最終的には敗走を余儀なくされました。その後、ツァリョヴォコクシャイスクまで逃亡しますが、地理的な困難と政府軍の追撃により、次第に追い詰められていきます。1774年8月、ツァリーツィン（現在のヴォルゴグラード）の戦いで、プガチョフ軍は壊滅的な打撃を受けます。

ウラル山脈へ逃亡したプガチョフでしたが、かつての仲間であるヤイク・コサックの裏切りによって捕らえられました。アレクサンドル・スヴォーロフに捕縛されたプガチョフは、モスクワへ送られ、1775年1月21日、公開処刑されました。彼の死によって、プガチョフの乱は終結を迎えます。

プガチョフの生涯は、社会の矛盾と農民の悲惨な状況、そして一人のカリスマ的な指導者の活躍を物語るものです。彼の反乱は失敗に終わりましたが、ロシアの歴史において、農民反乱の重要な一例として、今日でも語り継がれています。プガチョフの乱は、農奴制というロシア社会の根幹を揺るがすものであり、後の社会改革にも影響を与えた重要な出来事と言えるでしょう。

彼の家族については、父イヴァン、母アンナ、兄弟のデメンテイ、姉妹のウリャーナとフェドシヤがいました。また、プガチョフはドン州出身のソフィア・ネデュージェヴァと結婚し、子供ももうけていたと伝えられています。プガチョフ家については、ロシア正教会の信者であったという記述もありますが、古儀式派との関わりも指摘されており、複雑な宗教的背景がうかがえます。プガチョフの生涯と反乱は、単なる一人の反逆者の物語ではなく、18世紀ロシア社会の複雑な構造と、その内部に潜む矛盾を浮き彫りにする、重要な歴史的事件として捉えるべきでしょう。

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