プガチョフの乱

プガチョフの乱とは

プガチョフの乱は、1773年から1775年にかけてロシア帝国で発生した大規模な農民反乱です。ヴォルガ川とウラル川流域を中心に、農民やコサック、少数民族が蜂起し、ロシア史上最大級の農民暴動となりました。ロシアの歴史学界では「1773-1775年の農民戦争」と呼ばれることもあります。

反乱の背景

ジュンガル問題とロシアの東方政策

ピョートル1世の時代、ロシアは清との間でネルチンスク条約を締結しました。その後、ピョートル1世はジュンガル・ホンタイジ国の孤立化を図るとともに、クリミア・ハン国や東方のタタールとの緩衝地帯を形成するため、ヴォルガ川沿岸へのドイツ人移民を奨励し、農奴制を強化しました。これにより、農民の不満が高まりました。

オレンブルク建設とバシキール問題

アンナの治世には、カザフ・ハン国がロシアに服属を表明しました。ロシアは南ウラル地方に東方前線基地としてオレンブルクを建設しましたが、これに反発したバシキール人が蜂起しました。この反乱は強力に弾圧されました。エリザヴェータの時代には、オレンブルクは城郭都市として完成しました。

カルムイクの東帰とウラル・コサックの蜂起

エカチェリーナ2世は貴族の支持を得るため、農奴制を推進しました。これにより、農民の反乱が頻発し、1762年から1769年の間に50を超える農民暴動が発生しました。また、カルムイク人が父祖の地へ帰還したことで、ロシア政府の辺境守備の無能さが露呈し、権威が失墜しました。このような状況の中、ヤイク・コサック（ウラル・コサック）が1772年に蜂起しました。

プガチョフの登場とプロパガンダ

エメリヤン・プガチョフはドン・コサックの出身で、七年戦争や露土戦争に従軍した経験を持ちます。放浪生活を経て、古儀式派の教えに触れる中で、彼は農奴制の廃止を掲げ、自らをピョートル3世と僭称しました。彼は政府を模倣した軍隊や官僚機構を密かに組織し、有能な指揮官を集めました。また、各世帯から徴兵を行い、サラヴァト・ユラーエフなど少数民族や工場労働者も彼の軍に加わりました。さらに、プガチョフは司祭やイスラムのムッラーなど宗教指導者を多く引き入れ、彼らを通じて「プガチョフこそ救世主である」というプロパガンダを農村に広めました。

反乱の経過

蜂起の開始と初期の拡大

1773年9月、プガチョフの蜂起は数十名のコサックによって開始され、ニジニオジョールノイ要塞を陥落させました。当初、政府はプガチョフを軽視し、少額の懸賞金をかけたに過ぎませんでした。反乱軍は10月にはオレンブルクを包囲し、サクマーラを制圧、11月にはユゼーボイの戦いを制し、12月にはヤイツクを包囲しました。1774年初めまでに、プガチョフはヴォルガ川とウラル山脈にまたがる広大な地域を掌握しましたが、急速な拡大は戦力分散を招きました。

政府軍の反撃とカザンの戦い

1774年4月、政府軍によるタチシェヴォイの戦いでプガチョフ軍は大敗しました。しかし、7月にはカザンで再び勢力を盛り返し、皇帝軍を破りカザンを占領しました。しかし、間もなく政府軍の増援部隊が到着し、反乱軍は敗走しました。プガチョフは残党と共にツァリョヴォコクシャイスク（現ヨシュカル・オラ）へ逃れました。

反乱の終息

1774年8月には、ツァリーツィン（現ヴォルゴグラード）の戦いで政府軍が勝利し、ペンザを奪い返しました。これにより反乱は終息に向かいました。プガチョフはウラル山脈へ逃げましたが、反乱当初から彼に従ってきたウラル・コサックの裏切りによって捕らえられ、1775年1月21日にモスクワで公開処刑されました。

反乱の影響

エカチェリーナ2世の反動化

プガチョフの乱は、エカチェリーナ2世の治世に大きな影響を与えました。彼女は啓蒙専制君主として知られていましたが、この反乱を機に農奴への恐怖から反動的な姿勢に転じました。また、ヴォルガ川流域の反乱を防止するため、統治機構の再編が行われました。

ロシア帝国の南下政策

プガチョフの乱後、ロシアは露土戦争を経て、クリミア・ハン国を併合しました。この南下政策は、東方問題の顕在化を招き、コーカサス戦争や中央アジアへの進出へとつながりました。

文学・地名への影響

プーシキンの散文『プガチョーフ叛乱史』や小説『大尉の娘』は、この反乱を背景としています。また、カザフスタンの都市オラルには「プガチョフ広場」が残っています。ロシアの無政府主義運動の若者は「大学のプガチョフ」と呼ばれました。

まとめ

プガチョフの乱は、農奴制に対する農民の不満が爆発した大規模な反乱でした。この反乱は、エカチェリーナ2世の治世に大きな影響を与え、ロシア帝国の政治や社会、そして後の歴史に深い爪痕を残しました。

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