エルネスト・ギロー

エルネスト・ギロー（Ernest Guiraud, 1837年 6月23日 - 1892年 5月6日）は、19世紀後半に活躍したフランスの作曲家です。現代においては、自身の創作曲よりも、著名な作曲家たちの作品を補筆・完成させた功績や、優れた教育者としての側面からその名を知られることが多い人物です。

生涯と学業

ギローは1837年、アメリカ合衆国のルイジアナ州ニューオーリンズにて生を受けました。音楽家であった父から初期の音楽教育を受け、幼少期からその才能を示したようです。1852年、15歳となったギローはフランスへと渡り、パリ音楽院に入学して本格的に音楽の道を究めることになります。この名門音楽教育機関で、彼は作曲などの専門分野を深く学びました。そして、1859年には、若手作曲家にとって最高の栄誉とされるローマ大賞（Prix de Rome）を獲得しました。特筆すべきは、彼の父であるジャン＝バティスト・ギローもまた、1827年に同賞を受賞している点であり、親子二代にわたる栄誉は当時も大きな話題となったことでしょう。

教育者として

作曲活動と並行して、ギローは教育者としても重要な役割を果たしました。1876年には母校であるパリ音楽院の教授職に就任し、多くの後進の指導にあたります。彼の教え子の中には、後にフランス音楽史を代表する作曲家となるクロード・ドビュッシーやポール・デュカスといった錚々たる顔ぶれが名を連ねています。ギローは単に技術を教えるだけでなく、生徒たちの個性や新しい試みを理解し、その才能を開花させる手助けをしたと言われています。特にドビュッシーにとっては、伝統的な音楽語法を学ぶ上で重要な師であったとされています。ギローが育成した世代が、その後のフランス音楽の方向性を決定づけていったことを考えれば、教育者としての彼の貢献は計り知れないものがあります。

他者作品への貢献

ギローの業績の中で、今日特に高く評価されているのは、友人や同時代の作曲家たちの遺した作品を補筆・完成させた功績です。作曲家ジョルジュ・ビゼーとは深い友情で結ばれており、ビゼーの早すぎる死後、ギローは彼の傑作オペラ『カルメン』の完成に尽力しました。元々対話形式（オペラ・コミック形式）であったこの作品の台詞部分に、叙唱（レチタティーヴォ）を新たに作曲して付加し、より壮大なグランド・オペラ形式へと改変を行ったのです。この改訂版はすぐに世界中で上演され、『カルメン』が国際的な名声を確立する上で極めて重要な役割を果たしました。また、ビゼーの劇付随音楽『アルルの女』からは、生前ビゼー自身が編纂した第1組曲に続き、残された楽章を用いて見事な第2組曲を編纂しています。これもまた、『アルルの女』が演奏会用組曲として広く親しまれる上で欠かせない貢献と言えるでしょう。

さらに、ジャック・オッフェンバックがオペラ『ホフマン物語』を未完のまま死去した際も、ギローがその補筆と完成を担いました。オッフェンバックの遺稿を整理し、全体の構成をまとめ上げ、未完成部分を補って初演可能な形にしたのです。この功績により、『ホフマン物語』は今日、世界中の歌劇場で上演されるレパートリー作品となることができました。

自身の作品と後世の評価

このように、ギローは他者の重要な作品を世に送り出す上で決定的な役割を果たしましたが、彼自身の創作したオペラや管弦楽曲などが、現代において広く演奏されたり録音されたりする機会は残念ながら多くありません。彼の名前は、むしろビゼーやオッフェンバックといったより著名な作曲家たちの伝記の中で、協力者として言及されることが一般的です。しかし、ローマ大賞受賞者であり、パリ音楽院の重鎮として多くの天才を育て、そして不朽の名作を完成へと導いた彼の功績は、フランス音楽史の一ページを確かに彩っています。1892年、54歳でパリにてその波乱に富んだ生涯を閉じました。彼の果たした役割は、作曲家個人の名声以上に、音楽文化の継承と発展という視点から評価されるべきでしょう。

もう一度検索