エルンスト・カッシーラー

エルンスト・カッシーラー：象徴を操る人間の哲学

エルンスト・カッシーラー (1874-1945) は、20世紀における最も重要な哲学者の一人であり、その思想は現代の人文科学に多大な影響を与え続けています。ユダヤ系のドイツ人として、新カント派の哲学を基盤にしながらも、独自の「シンボル形式の哲学」を構築し、文化を象徴体系として捉えるという革新的な視点をもたらしました。

生涯と学問的遍歴

ポーランド領ヴロツワフで生まれたカッシーラーは、ベルリン大学とマールブルク大学で哲学を学び、コーエンやナトルプといった当時を代表する哲学者たちの影響を受けました。ベルリン大学で講師を務めた後、ハンブルク大学教授に就任。このハンブルク時代が、彼の哲学的転換期となりました。ヴァールブルク文化学図書館との出会いは、彼に神話やルネサンス文化への関心を深めさせ、「シンボル形式の哲学」の構想を育む大きな要因となりました。アビ・ヴァールブルク本人とも交流を持ち、神話論やルネサンス研究における知見を深めています。

1933年のナチス政権樹立後、カッシーラーはイギリス、スウェーデンを経てアメリカに亡命。オックスフォード大学、ヨーテボリ大学、イェール大学、コロンビア大学などで教鞭を執り、亡命生活の中でも精力的に研究を続けました。晩年には、アメリカ社会に向けて、人間を「象徴を操る動物（シンボリック・アニマル）」と定義する独自の哲学的人間学を展開しました。心臓発作によりニューヨークで没しました。

シンボル形式の哲学

カッシーラーの哲学の中核をなすのが「シンボル形式の哲学」です。これは、カントの「理性の批判」を「文化の批判」へと転換させる試みと捉えることができます。彼は、人間の認識や思考が、言語、神話、宗教、芸術、科学といった様々な「シンボル形式」によって形作られると主張しました。

これらのシンボル形式は、単なる表現手段ではなく、人間が世界を理解し、世界と関わっていくための本質的な枠組みです。原始的な神話的思考から高度な科学的思考に至るまで、人間精神のあらゆる営みは、それぞれのシンボル形式を通して展開していくと考えました。そのため、カッシーラーは、これらのシンボル形式を分析することで、人間精神の本質を明らかにしようと試みました。

主要著作と影響

カッシーラーの代表的な著作には、『認識問題』『実体概念と関数概念』『シンボル形式の哲学』『人間』『国家の神話』などがあります。『認識問題』では、近代科学における認識論的転回を分析し、『実体概念と関数概念』では、近代科学における関数概念の重要性を強調しました。

『シンボル形式の哲学』は彼の畢生の大作であり、言語、神話、芸術、宗教など様々なシンボル形式を分析し、それらが人間文化の形成にどのように寄与するかを詳細に論じています。『人間』では、人間を「シンボリック・アニマル」として捉え、人間文化の普遍的な特徴を考察しました。また、『国家の神話』では、全体主義国家のイデオロギーを批判的に分析しています。

カッシーラーの思想は、新カント派の枠組みを超え、後の世代の哲学者や思想家、文化人類学者たちに大きな影響を与えました。彼のシンボル哲学は、スザンヌ・ランガーやネルソン・グッドマンらによって発展され、文化人類学者のクリフォード・ギアツやケネス・バークにも受け継がれました。『実体概念と関数概念』における関数概念の分析は、構造機能主義の社会学者であるタルコット・パーソンズやニクラス・ルーマンにも影響を与えています。

まとめ

エルンスト・カッシーラーは、20世紀の激動期を生き抜き、その経験を踏まえた上で、人間と文化の本質を深く洞察した哲学者です。彼の「シンボル形式の哲学」は、現代においても、文化、認識、そして人間理解を考える上で、重要な指針を与え続けています。彼の著作は、現代社会における様々な問題を考える上で、多角的な視点と深い洞察を提供してくれるでしょう。

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