エルヴィス・グレイテスト・シット

『エルヴィス・グレイテスト・シット』（Elvis' Greatest Shit）は、1982年7月にリリースされたエルヴィス・プレスリーの海賊盤アルバムです。この作品は、プレスリーがスタジオでレコーディングした楽曲の中から、「最も出来が悪い」とされるものや、未発表のアウトテイクを集めたという、非常にユニークなコンセプトを持っています。発売元は「Dog Vomit」というレーベルで、一部の盤では「RCA Victim」と表記されています。アルバムのスリーブ裏面には、「His Master's Voice」のニッパーのパロディとして、「蓄音機に向かって嘔吐する犬」という衝撃的なイラストが描かれています。

このアルバムの制作背景には、一部のファンがプレスリーを神格化する風潮へのアンチテーゼがあります。制作者である「リチャード」は、プレスリーも他のアーティストと同様に、常に完璧な作品を作り続けることは不可能であるというメッセージを込めてこの海賊盤を制作しました。収録された楽曲の多くは、プレスリーの出演映画のサウンドトラックアルバムからのもので、中には代表曲のアウトテイクも含まれています。特に注目されるのは、「好きにならずにいられない」のアウトテイクで、プレスリーが思わず「Aw, shiiiiiiiit!（ちくしょう）」と叫ぶ声が収録されています。これは、彼の人間味あふれる一面を垣間見ることができる貴重な瞬間と言えるでしょう。

アルバムのアートワークも非常に挑発的です。棺の中で眠るプレスリーの死後間もない写真が使用されています。この写真は、プレスリーのいとこが撮影し、タブロイド紙『ナショナル・エンクワイアラー』に売られたものです。歴史家のアレックス・サイフ・カミングスは、このアルバムを「キングのカタログ上のつまらない楽曲と、最も熱狂的なファンを侮辱するようにデザインされたパッケージを組み合わせたもの」と評しています。また、アルバムには「50,000,000 Elvis Fans Can Be Wrong（500万のエルヴィス・ファンは間違っているかもしれない）」というサブタイトルが付けられており、これは1959年に発売されたコンピレーションアルバム『プレスリーのゴールデン・レコード第2集』（50,000,000 Elvis Fans Can't Be Wrong: Elvis' Gold Records, Volume 2）のパロディです。さらに、パッケージにはプレスリーの担当医であったジョージ・ニコポウラスによる処方箋の複製品が含まれており、その徹底したパロディ精神が際立っています。

本作に収録されている楽曲の多くは、以下のプレスリーの主演映画のサウンドトラックからのものです。

• - 『ブルー・ハワイ』（1961年）
• - 『ガール!ガール!ガール!』（1962年）
• - 『アカプルコの海』（1963年）
• - 『青春カーニバル』（1964年）
• - 『フロリダ万才』（1965年）
• - 『ハワイアン・パラダイス』（1966年）
• - 『ダブル・トラブル』（1967年）
• - 『ブルー・マイアミ』（1967年）
• - 『ステイ・アウェイ・ジョー』（1968年）
• - 『スピードウェイ』（1968年）
• - 『トラブル・ウィズ・ガール』（1969年）

プレスリーに関する書籍を多く執筆しているリー・コットンは、このアルバムの選曲について、「おそらくエルヴィスはこの選曲を認めただろう。まさにエルヴィスのいまだかつてない駄作だ」と述べています。これは、プレスリー自身が自身の作品に対して必ずしも満足していなかったことを示唆しています。

実際に、プレスリーは本作に収録されている以下の2曲について、否定的な意見を持っていました。

• - 「オールド・マクドナルド」：1967年公開の映画『ダブル・トラブル』で披露されたこの曲を、プレスリーは「幼稚な曲」と認識しており、レコーディング時にスタジオを飛び出したというエピソードが残っています。
• - 「ドミニク・ジ・インポテント・ブル」：1968年公開の映画『ステイ・アウェイ・ジョー』で使用されたこの曲については、プレスリー自身がプロデューサーのフェルトン・ジャーヴィスに対して、映画以外の媒体で発売しないように指示していました。

『エルヴィス・グレイテスト・シット』は、単なる海賊盤アルバムという枠を超え、プレスリーの音楽キャリアにおける「負の側面」をあえて提示することで、彼の人間性や多面性を浮き彫りにした作品と言えるでしょう。このアルバムは、プレスリーのファンだけでなく、音楽史に関心のある人にとっても、興味深い考察の対象となるでしょう。

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