エンセーテ

エンセーテ（Ensete ventricosum）

エンセーテ（学名：Ensete ventricosum）は、バショウ科エンセーテ属に分類される多年生植物です。エチオピアバナナ、アビシニアバナナ、ニセバナナなどの別名でも知られています。外見は広く知られるバナナ（バショウ属 Musa）によく似ていますが、バナナのように大きな果実を食用とするのではなく、植物体の他の部分を主に利用する点で異なります。とりわけエチオピア南部に暮らす多くの民族にとって、エンセーテは古くから生活を支える非常に重要な食料源であり、主要な主食の一つとして位置づけられています。エンセーテ属には観賞用とされる種が多い中で、食用として広く利用されているのはこの種がほとんどです。

特徴と生態

エンセーテは高さ6メートルほどに成長する大型の植物です。バナナに似た太い偽茎（葉鞘が重なってできた茎のように見える部分）を持ちますが、バナナが大きな果房をつけるのに対し、エンセーテは果実が小さく食用には適しません。その代わりに、偽茎の根元や地下に発達する根茎に大量のデンプンを蓄えます。これらのデンプンを豊富に含む部位が、エンセーテの主要な可食部となります。葉は大きく、バナナと同様に展開しますが、株が開花すると一生を終え、枯死してしまいます。多年草ですが、種子から繁殖させるより、株元から出るひこばえ（蘖）を利用して栽培するのが一般的です。

多様な利用法

エンセーテの最も重要な利用は、葉柄の根元部分や地下の根茎に蓄えられたデンプン質の食用です。これは、樹幹のデンプンを利用するサゴヤシに近い食料生産体系と言えます。デンプン質を食べる際には、葉柄の場合は繊維をかき取り、根茎の場合は皮をむいて崩したものを、土中で数週間かけてじっくりと発酵させるのが伝統的な方法です。この発酵させたデンプンからは、主に「コチョ」と呼ばれるパンや、「ブッラ」という粥が作られます。また、地域によっては発酵させずに根茎をそのまま蒸して食べることもあります。デンプンを利用した酒造りも行われます。さらに、若い茎や葉は野菜として、葉は家畜の飼料として、古い葉からは屋根材や、袋、ロープ、マットなどの繊維製品を作るために利用されるなど、エンセーテはほぼ植物全体が無駄なく利用できる無比の作物と言えるでしょう。デンプン質に偏りタンパク質が少ないという側面もありますが、栽培地域ではマメ類や穀物など他の食料源と組み合わせて摂取されることが多く、全体として栄養バランスを補い、タンパク質不足は比較的少ないとされています。

栽培と食料供給力

エンセーテの栽培は、株元から出るひこばえ（蘖）を苗として利用する栄養繁殖が主流です。一つの株から最大400個もの苗を採取できると言われています。デンプンが十分に蓄えられ、収穫可能なサイズになるまでには、植え付けから3年から8年という長い年月を要します。そのため、人々は常に収穫可能な状態の株があるよう、時期をずらして植え付けを行い、計画的に栽培管理を行っています。エンセーテは、単位面積あたりで見た場合の食料供給能力が非常に高いことで知られ、わずか250から375平方メートルの畑に植えられた40本から60本のエンセーテで、およそ5～6人家族が一年間生活するのに十分な食料を賄うことができるとされます。また、土壌の栄養を過度に消耗しにくいため、同じ場所で長期間栽培を続けることも可能です。穀類と比較して干ばつに強い耐性も持ち、エチオピアの乾燥しやすい地域でも重要な食料源となっています。エチオピアの栽培地域には、多様な品種が存在し、それぞれの土地や用途に適したものが選ばれています。1994年のデータでは、エチオピア全土で約3000平方キロメートルの栽培面積があり、1ヘクタールあたりほぼ10トンの収穫量がありました。ソルガムやコーヒーといった他の作物と混栽されることもあります。

歴史と現状

エンセーテはエチオピアで最も重要な根茎作物の一つであり、特に人口密度の高い南部および南西部の地域において、非常に古くから主食として利用されてきました。いつ頃から栽培が始まったのか正確な時期は分かっていませんが、17世紀前半には既に、イエズス会宣教師ヘロニモ・ロボによって、南部の主要民族であるグラゲ人やシダモ人の文化や経済におけるエンセーテの重要性が記録されています。

現在でも、ガモ人、ゴファ人、いくつかのオロモ人グループ、ウォライタ人、グラゲ人、シダモ人など、エチオピア南部の多くの民族にとって、エンセーテは穀物と並ぶ、あるいはそれ以上に重要な主食であり続けています。エンセーテは現在、エチオピア国内で推定2000万人もの食料を賄っているとされ、高い生産性に加えて、土壌流出などを引き起こしにくい環境保全性の高い作物としても評価されています。しかしながら、近年はその換金性の低さから、コーヒーやカルダモンといった商業作物の栽培への転換が進み、エンセーテの栽培面積は残念ながら減少傾向にあるという現状と課題に直面しています。

諸言語での呼称例（ケニア）

英語: wild banana
キクユ語: ihĩndu（イヘンドゥ）
* ナンディ語: sosurwet /sa̘ː˦su̘ːr˦˨-we̘t˦/（サースールウェト）

もう一度検索