エンバ川

エンバ川：カザフスタンの大河、その知られざる姿

エンバ川は、カザフスタン西部を南北に流れる重要な河川です。アクトベ州のムゴジャルイ丘陵に源を発し、アティラウ州を経てカスピ海へと流れ込む内陸河川であり、カザフスタンにおいて最大の河川の一つとして知られています。

水量と流れの特徴

エンバ川の流れは、季節によって大きく変動するのが特徴です。4月から5月にかけては雪解け水などにより水量が増加し、カスピ海へと流れ込みます。しかし、それ以外の時期は水量が減少し、カスピ海沿岸の塩性湿地帯で水が消失してしまうこともあります。また、11月から3月にかけては川が凍結し、その姿を閉ざします。年間の総流量のうち、実に75%が春季に集中しており、それ以外の季節はほとんど涸れ川となるか、塩分濃度が非常に高くなるという、厳しい自然環境に置かれています。

周辺の環境と資源

エンバ川の上流から中流域にかけては、広大なステップ地帯が広がっています。一方、下流部はソロンチャク質の土壌が特徴的です。この地域は、岩塩ドームが豊富に存在することに加え、石油や天然ガスを産出するエンバ油田としても知られています。エンバ油田は1911年に採掘が開始され、硫黄分の少ない良質な原油を産出することで有名です。1979年以降には、カラトン周辺で新たな油層が発見され、大規模なテンギス油田の開発が進められています。採掘された石油は、アティラウで精製されるほか、パイプラインを通じてロシアのオルスクや中国へと輸送されています。

ヨーロッパとアジアの境界線

かつて、ウラル山脈からエンバ川を結びカスピ海に至る線が、ヨーロッパとアジアの地理的な境界線とされていました。エンバ川よりも西側がヨーロッパとされていた時代があったのです。しかし、現在ではこの境界線はあまり用いられなくなり、一般的にはウラル川やカザフスタンとロシアの国境が境界線として認識されています。

悲劇のプロジェクト「アルゲンバ」

ロシア内戦中の1919年、ミハイル・フルンゼ率いる赤軍がエンバ油田を占領し、大量の原油を手に入れました。しかし、その原油をロシアの中心部まで輸送する手段がなかったため、1920年、鉄道とパイプラインを建設する「アルゲンバ」計画がボリシェヴィキによって強行されました。この計画には、サラトフやサマーラから4万5千人もの住民が強制的に徴用され、食糧も水もない荒野で過酷な労働を強いられました。感染症も蔓延し、多くの犠牲者が出ました。バクーやグロズヌイが赤軍に制圧され、エンバ油田からの石油輸送の必要性が薄れても、ウラジーミル・レーニンは工事の続行を主張し続けました。その結果、寒さや飢え、コレラの流行などで1日に数百人が命を落とすという悲惨な状況となりました。1921年10月、ついにレーニンの指示により工事は中止され、鉄道もパイプラインも未完成のまま終わりました。1年半に及ぶアルゲンバ計画による犠牲者は3万5千人に達するとされ、投じられた巨額の資金の使途も不明なままです。エンバ川は、豊かな資源を抱えながらも、その開発の過程で多くの人々の犠牲を伴った歴史を秘めているのです。

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