オスカル・ダウブマン

オスカル・ダウブマン事件：偽りの英雄の誕生と転落

オスカル・ダウブマン（本名：カール・イグナッツ・フンメル）は、20世紀初頭にドイツで起こった一大詐欺事件の中心人物です。第一次世界大戦で消息を絶った兵士になりすまし、戦時捕虜として不当に抑留されていたと主張した彼の偽りの帰還は、ドイツ国内外で大きな騒動を巻き起こし、政治的なプロパガンダにも利用されました。

生い立ちと犯罪歴

1898年、スイスに近いドイツのオーバーヴィルで生まれたフンメルは、11歳で家出し、窃盗で逮捕され少年院へ。その後も微罪を繰り返し、有罪判決と懲役刑を受けています。1930年には仕立て屋として働き始めますが、経済的な困窮から妊娠中の妻を捨てて、フランス外人部隊に入隊しようとします。しかし、旅費が尽き果て、帰国もできなくなったフンメルは、ナポリのドイツ領事館を騙して帰国することを思いつきます。そこで、第一次世界大戦で行方不明になった、元学友オスカル・ダウブマンの名を騙ることを決意しました。

偽りの英雄の誕生

1932年、フンメルはダウブマンになりすまし、ナポリのドイツ領事館に手紙を送ります。内容は、第一次世界大戦中に捕虜になり、長らくフランスに不当に抑留されていたというものでした。彼の劇的な従軍経験は、手紙を受け取った両親や地元の人々、そしてメディアを通じて瞬く間に全国へと広まります。ダウブマンの帰還は、戦地で消息を絶った家族を持つ人々に希望を与え、ドイツ国民は熱狂しました。ナチスは、この状況を反仏プロパガンダに利用し、フンメルを「最後の捕虜」として祭り上げました。

偽りの従軍経験

フンメルが語った従軍経験は、以下のようなものでした。1916年、前哨地点の戦闘で腹部を銃剣で刺され、アミアンの病院へ。そこから脱走を試みるも失敗し、20年の懲役刑を宣告されます。その後、各地の刑務所を転々としながら、懲罰も受けたといいます。1931年には刑務所から脱走し、チュニスまで徒歩で逃げ、イタリアの船に密航。船長に発見されるも、懇願の末にパレルモまでたどり着き、両親に手紙を書いたというのです。

凱旋と狂騒

1932年5月、フンメルは「ダウブマン」として故郷エンディンゲンに帰還しました。15,000人以上もの人々が歓迎式典に参加し、英雄の凱旋を祝いました。しかし、ダウブマンの母親は、彼を見た瞬間に「私のオスカルじゃない」と発言します。これは、16年の歳月で息子が成長したことによる驚きであったと解釈され、結局両親は息子だと認めるに至ります。ナチスのプロパガンダも加わり、フンメルは各地で講演を行い、勲章を授与されるなど、英雄として扱われます。

疑惑と矛盾

しかし、早い段階から、フンメルの物語には矛盾や疑義も指摘されていました。元学友や戦友からは、容姿が別人であるという証言もありました。例えば、ダウブマンの瞳は茶色でしたが、フンメルは青緑色で、奇妙な癖がありました。また、顔にあるはずの傷跡もありませんでした。ドイツ政府は真偽を確かめるべく、フランス政府に問い合わせますが、フランス側はダウブマンの記録は一切ないと回答しました。

正体の露見と逮捕

その後、ドイツの警察当局の調査により、フンメルの正体が明らかになりました。医師が下腹部の傷跡を調べた結果、銃剣によるものではなく、胃の手術によるものだと判明。さらに、指紋照合により、フンメルが過去に逮捕されていたことが判明し、1932年10月11日、彼は逮捕されました。逮捕の際、フンメルは「ようやくか！」と叫び、長く「ダウブマン」を演じることに嫌気が差していたことを示唆しています。

その後

フンメルの逮捕は、ナチス党にとって大きな失態となりました。彼は1933年に詐欺罪で懲役刑を受けますが、その後もナチスから弾圧を受け、1935年には親衛隊に逮捕され予防拘禁下に置かれます。1945年にアメリカ軍によって解放され、1946年に再婚し、1954年に亡くなるまで仕立て屋として働きました。1998年、ドイツ警察の資料が公開されたことで、この事件は再び注目を集めました。

教訓

オスカル・ダウブマン事件は、人々の感情や願望が、いかに簡単に操作されてしまうかを示す事例です。また、偽りの英雄がもたらす熱狂と、その後の悲劇を物語っています。この事件は、歴史におけるプロパガンダの危険性と、真実を追求することの重要性を教えてくれるでしょう。

この事件は、ヴィルヘルム・フォークトが1906年に軍服で陸軍大尉に成りすました「ケーペニックの大尉」事件と比較されることがあります。これは、人が制服や権威に弱いことを示す好例と言えるでしょう。

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