オスバルド・プグリエーセ

アルゼンチン・タンゴの歴史において、オスバルド・プグリエーセ（1905年 12月2日 - 1995年 7月25日）は、ピアニスト、指揮者、そして作曲家として揺るぎない地位を確立したマエストロです。彼の音楽は、「ジュンバ」と称される激しくリズミカルなスタッカートと、各楽器が複雑に絡み合いながら構築される精緻なサウンドが特徴であり、他の追随を許さない独自のスタイルを築き上げました。

生涯とキャリア

タンゴ演奏家であった父の影響を受け、プグリエーセは15歳の若さでプロのピアニストとして活動を開始しました。キャリア初期には、ペドロ・マフィアやペドロ・ラウレンスといった著名な楽団に参加し、特にフリオ・デ・カロから強い影響を受けたと言われています。これらの経験を経て、1939年、33歳で自身のオルケスタ・ティピカ（典型的タンゴ楽団）を結成しました。

楽団結成当初から、その演奏スタイルは個性的でしたが、プグリエーセが編曲面で音色の美しさを追求するにつれて、演奏テンポに緩急が明確につけられるようになり、フレーズごとの表情が豊かになっていきました。1960年代以降には、以前は目立たなかった付加和音やグリッサンド、トーン・クラスターといった現代的な要素も積極的に取り入れ、「プグリエーセ・サウンド」として確立されました。彼の音楽は常に進化を続け、アストル・ピアソラをして「トラディショナル・タンゴだが、今に活きるタンゴだ」と言わしめるほど、革新性を内包していました。

長年にわたり、プグリエーセ楽団はメンバーの変動を経験しましたが、1968年に中心メンバーであったバンドネオン奏者のオスバルド・ルジェーロらが大量に離脱した際も、新たなメンバーを加えて楽団を維持し、活動を継続しました。録音活動も精力的に行われ、1943年にオデオン（EMI）で開始された後、フィリップスへの移籍を経て、1972年には再びオデオンに戻り、生涯で約300曲ものセッション録音を残しています。

晩年と日本での受容

晩年、プグリエーセはタンゴ界の生ける伝説となっていましたが、長年の活動によりピアノのテクニックは衰えが見られました。1989年の東京公演では、このツアーをもって公式に解散することが表明されましたが、実際にはその後も亡くなるまでアルゼンチン国内やスペインで精力的にライブ活動を続けました。これらの後年の演奏の一部は、ライブ録音やビデオで確認することができます。プグリエーセの音楽は、1950年代の録音は保守派・前衛派を問わず高い評価を受けていますが、1960年代以降のスタイルの変遷については、一部で評価が分かれる側面もあります。

日本はプグリエーセにとって特別な場所でした。彼は生涯で三度（1965年、1979年、1989年）日本を訪れています。初来日の際には記念盤が発売され、二度目の来日ではFM放送を通じて多くの曲がオンエアされました。そして三度目の来日では、「輝ける東京」を披露し、日本のファンに深い感動を与えました。特に日本の聴衆は、プグリエーセの代表曲演奏時に、母国アルゼンチンなどで見られたような曲中での過度な拍手や歓声が少なく、音源がクリアに記録されていることから、彼自身も日本の聴衆を高く評価していたと伝えられています。

音楽的特徴とエピソード

プグリエーセの演奏の大きな特徴は、即興性と常に作品を進化させていく姿勢にありました。同じ楽曲でも、録音時期や演奏の度に異なるヴァージョンが存在します。例えば、初期の「レクエルド」には後に有名となる間奏が存在しなかったり、「コパカバーナ」のピアノパートが演奏ごとに全く異なっていたりするなど、その創造性は尽きることがありませんでした。

国際的にも高い評価を受け、レジオン・ドヌール勲章を受章しましたが、意外にもフランス国内での公演は多くありませんでした。彼の故郷であるブエノスアイレス市では、その功績を称え、ビジャ・クレスポ地区の地下鉄駅名に「マラビア（オズバルド・プグリエーセ）」と名付けられ、駅近くには記念碑も建立されています。

代表的な作品

プグリエーセの多くの作品の中でも、特に有名なのは以下の二曲です。

ラ・ジュンバ (La Yumba)
1946年に発表された、プグリエーセ楽団の代名詞とも言えるインストゥルメンタル曲です。その強烈なリズムとドライブ感は、タンゴファンにとって最も馴染み深い一曲です。

レクエルド (Recuerdo)
彼が18歳という若さで作曲したとされる傑作です。「想い出」を意味するこの曲は、同時代の巨匠アニバル・トロイロが「自分は『レクエルド』ただ一曲の作曲者でありたかった」と語るほど、タンゴ史における重要かつ美しい作品として高く評価されています。

オスバルド・プグリエーセは、その革新的な音楽性と情熱的な演奏で、アルゼンチン・タンゴの伝統を守りつつも常に新しい地平を切り開き続けた偉大な音楽家でした。彼の遺したサウンドは、今なお世界中のタンゴファンを魅了し続けています。

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