オドントグリフス

カンブリア紀中期の約5億年前、現在のカナダにあるバージェス頁岩が堆積した海に生息していた動物にオドントグリフス（Odontogriphus）がいる。「歯の生えた謎」という意味を持つその名は、発見当初、その特異な形態が研究者たちの想像を掻き立てたことに由来する。

オドントグリフスの存在は、バージェス動物群の研究で知られるサイモン・コンウェイ＝モリスが1976年に最初の記載を行ったことで世に知られた。当時、わずかに見つかっていた単一の化石に基づいて復元された姿は、まるで草履のような細長い楕円形で、平たく押しつぶされたような形をしていた。体には多数の節があるように見え、体の前端の下側中央には口があり、その周囲には馬蹄形に並んだ触手のような構造が確認された。特にこの触手には、内部に歯のような硬い支えがあるように見え、これが学名の由来となった。手足のような付属肢や、地面を這うための腹足らしき構造は見当たらなかったため、この動物は体を波打たせるようにして水中を漂い泳いでいたのだろうと考えられた。

コンウェイ＝モリスは、この触手内の歯状構造が、初期の脊椎動物の特徴とされるコノドント（円錐状の微小な化石歯）に似ていることに注目し、もしかするとオドントグリフスこそがコノドントを生み出した動物ではないかという説を提唱した。そして、これをコノドントを含む可能性のあるグループとして有錐歯綱（Conodontophorida）に位置づけた。しかし、その後、コノドントを体内に持つ真のコノドント動物の化石が発見されたことで、オドントグリフスがコノドント動物そのものであるという説は否定されることになった。

長らく謎の存在であったオドントグリフスの正体が大きく明らかになったのは、2000年代に入ってからである。2006年、バージェス動物群の研究を専門とするジャン＝ベルナール・キャロンらは、新たに発見された多数、実に189点にも及ぶ良好な状態のオドントグリフスの化石に基づき、詳細な研究結果を発表した。この研究によって、オドントグリフスは軟体動物、それもおそらくは腹足綱（巻貝やナメクジの仲間）に近いグループに属することが強く示唆されたのである。この分類の見直しに決定的な役割を果たしたのが、多数の化石から明らかになった「歯舌」の存在である。初期の研究で学名の由来ともなった「歯のような触手」と見なされた構造が、実際には軟体動物が持つやすり状の摂食器官である歯舌であることが判明したのだ。これは、まさしく「歯の生えた」構造であった。また、以前は体の節と見なされていた部分は、良好な化石では腹足の中央部分にのみ確認されることから、地面を這う際に生じた腹足のしわであったと解釈が改められた。体の左右にある別の構造は鰓（えら）であり、初期の復元図で口の左右に描かれていた「目のようなもの」は、食物を消化する際に分泌される唾液を生成する唾液腺であった可能性が高いと考えられている。

オドントグリフスの化石の多くは、海底に広がる藍藻類（シアノバクテリア）のマットの上で発見されている。このことから、彼らは海底のマット上をゆっくりと這いながら移動し、その強力な歯舌を使ってマット表面の微生物や藻類などをこそぎ落として食べていた捕食者、あるいはデトリタス食者であった可能性が考えられる。

オドントグリフスの研究史は、わずかな断片的な情報から大胆な仮説が立てられ、その後の豊富な化石発見によって詳細な実像が明らかになり、分類上の位置づけが大きく修正された事例として興味深い。カンブリア大爆発期における生命の多様性と、異形に満ちた古生物たちの世界を物語る重要な存在の一つと言えるだろう。

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