オードリー・ロード

オードリー・ロードの生涯と業績

オードリー・ロード（Audre Lorde, 1934年2月18日 - 1992年11月17日）は、アメリカの作家、詩人、フェミニスト、ウーマニスト、司書、そして人権活動家として知られています。自らを「ブラック、レズビアン、母、闘士、詩人」と表現し、生涯を通じて人種、性別、階級、性的指向などに基づく差別と抑圧に立ち向かいました。彼女の作品は、社会問題、フェミニズム、レズビアニズム、病気と障害、そして黒人女性のアイデンティティを探求し、インターセクショナリティの発展に大きな影響を与えたことで知られています。

生い立ち

ロードは、バルバドス出身の父とグレナディーンのカリアク島出身の母の間に、ニューヨーク市ハーレムで生まれ育ちました。彼女の母は肌の色が比較的薄く、スペイン系の白人として扱われることもありましたが、父は肌の色が濃かったため、両親の関係は複雑なものでした。大恐慌後の経済状況が不安定な中、不動産業を営む両親は非常に忙しく、幼少期のロードは両親との間に感情的な距離を感じていました。特に母親は他人を信用せず、自分よりも肌の色の濃い人々には特に警戒していました。末っ子であったロードは、母親や姉よりも肌の色が濃く、厳格なルールと「厳しい愛」の中で育てられました。

ロードは幼い頃から重度の近視で、言葉をなかなか発することができませんでした。4歳の時に図書館の司書が絵本を読んでくれたことをきっかけに、話すことと読むことを同時に学び始めました。その後、母が読み書きを教え、同年代の子どもよりも早く文章を書けるようになりました。自分の名前を綴れるようになった直後、ロードは本来の「Audrey」から最後の「y」を落とした「Audre Lorde」という名前を使い始めました。後に、この綴りが持つ対称性を気に入っていたことを明かしています。

学校に入学すると、周りとコミュニケーションを取ることが難しいと感じるようになり、詩の持つ表現力に勇気づけられました。子供の頃は詩を通して思考していたと語り、詩を暗記してコミュニケーションを取ることもありました。12歳頃から詩を書き始め、学校でも他の馴染めない生徒たちと友達になることができました。マンハッタンの公立高校に進学し、文学雑誌に詩を投稿しましたが、表現が不適切であると却下されました。しかし、その後セブンティーン誌に投稿した詩は掲載され、初めて自身の詩が発表されることとなりました。

キャリア

1954年、メキシコ国立自治大学で過ごした1年間は、ロードにとって重要な転換期となりました。この時期に自身がレズビアンであり、詩人であることを自覚しました。アメリカに帰国後、ニューヨーク市立大学ハンター校に入学し、図書館で司書として働きながら執筆活動を続けました。また、グリニッジ・ヴィレッジのLGBT文化にも積極的に参加しました。1959年に卒業後、コロンビア大学に進学し、図書館学の修士号を取得しました。

1968年、ロードはミシシッピ州のトゥーガルー・カレッジにライター・イン・レジデンスとして招聘されました。この時期は彼女の芸術性に大きな影響を与え、ワークショップには公民権問題に関心のある多くの若い黒人学生が参加しました。この経験を通して、ロードの詩はより深みを増し、詩集『Cables to Rage』として結実しました。

1972年から1987年まで、スタテンアイランドに居住し、講師として教鞭を執りながら執筆活動を行いました。1977年には女性によるメディア支援を行うNPO、WIFPの会員となりました。1980年には、有色人種の女性によるフェミニスト出版社「Kitchen Table: Women of Color Press」を設立しました。

1969年から1970年にかけて、ニューヨーク市立大学リーマン校で教鞭をとり、その後は刑事司法を専門とするジョン・ジェイ・カレッジ・オブ・クリミナル・ジャスティスで英文学教授としてブラック・スタディーズの学部設立に尽力しました。その後、母校であるハンター校に戻り、1986年まで教壇に立ちました。

1981年には、性的虐待やパートナーからのDV被害を受けた女性を支援する団体「Women's Coalition of St. Croix」を共同で設立しました。1980年代後半には、南アフリカのアパルトヘイトなどの抑圧を受けた黒人女性を支援する「シスターフッド・イン・サポート・オブ・シスターズ（SISA）」の立ち上げにも関わりました。1985年には、黒人女性作家の代表団の一員としてキューバに招待され、キューバの黒人作家協会が主催したこの遠征で、黒人女性としての共通の経験と連帯感を感じました。

1991年から1992年にかけて、ロードはニューヨーク州の州の詩人に選ばれました。

ベルリン時代

1980年にコペンハーゲンで開催された世界女性会議で、ベルリン自由大学の講師であったダグマー・シュルツと出会い、1984年に西ベルリンの同大学に客員教授として招かれました。この時期、ロードはドイツで活発化していた黒人運動に大きな影響を与えました。ロードが提唱した「アフロ・ジャーマン」という概念は、ドイツ全土に広がる黒人運動へと発展しました。彼女のドイツでの活動は、メイ・アイムやイカ・ヒューゲル＝マーシャルをはじめとする多くの女性に影響を与え、黒人運動の枠を超えてインターセクショナリティの概念を広めることに貢献しました。ロードは、構造的な問題に対して暴力ではなく言葉で抵抗することを信じ、ドイツの女性たちに声を上げることを促しました。

詩

ロードの作品の中でも、特に詩は重要な位置を占めています。彼女の詩では「差異」が重要なテーマとして繰り返し扱われ、人種、性別、個人の内部に存在する複数のアイデンティティが探求されています。ロードは、自身を「連続性を持つ女性」と表現し、自己表現は多くのアイデンティティから発せられる「声のアンサンブル」であるとしました。彼女の多層的な自己認識は、詩、散文、エッセイ、スピーチなど、多岐にわたる文学活動に表れています。批評家のカルメン・バークルは、ロードの多文化的な自己認識が彼女の多ジャンルな文章に表れており、それぞれの文化が個々の重要性を失わずに結合し、より大きな全体を形成していると評しました。

ロードの詩は、年齢を重ね、自身のセクシュアリティに自信を持つにつれて、より個人的なものとなっていきました。彼女はエッセイの中で、「詩は、まだ名もないものが名前を得て、それについて思えるようにするための手段であり、それを通して感情や探求がより過激で愛おしい思想を生み出す聖域となる」と述べています。

1960年代には、ロードの詩が詩集に掲載されて発表されました。この時期、彼女は公民権運動、反戦運動、フェミニズム運動に積極的に関わっていました。1968年には初の単独詩集『The First Cities』を発表し、1970年には二冊目の詩集『Cables to Rage』を発表しました。1973年には『From a Land Where Other People Live』を発表し、1974年には『New York Head Shop and Museum』を発表。1976年には、初期の詩を含む『Coal』を発表し、広く認知されるようになりました。1978年には『The Black Unicorn』を発表し、アフリカの女神の神話を通して、アフリカ系アメリカ人女性のアイデンティティの再定義を試みました。ロードは他にも多くの詩集を残しています。

散文

ロードは、散文、エッセイ、スピーチも数多く残しており、自伝的な作品『Zami: A New Spelling of My Name』は、伝記と神話を融合した「biomythography」という形式を用いています。乳がんの診断、治療、回復、そして再発について綴った『The Cancer Journal』(1980) と『A Burst of Light』(1988)では、病気や障害に対する社会の偏見、ガンと治療、セクシュアリティ、身体の美しさ、義肢、死への恐怖、生存、心の回復、内なる力といったテーマを扱っています。

1984年に発表されたエッセイ集『Sister Outsider』は、インターセクショナリティへのロードの貢献を象徴する作品です。この中で、ロードは抑圧されているさまざまな女性たちが差異を認め合った上で連帯することの重要性を説き、抵抗に必要なのはコミュニティであると繰り返し主張しました。フェミニズム内部にも存在する分断や特定の属性に対する抑圧を、家父長制が既存の構造を維持するために利用していると指摘し、差異を分断ではなく連帯の力として使う必要性を説きました。また、抑圧からくる怒りを鎮めることなく、建設的な力として使うことを主張しました。さらに、沈黙は決して自分を守ってくれないと強調し、声を上げることの重要性を強く訴えました。

フェミニズム理論

ロードは、作品を通して人の「差異」に焦点を当て、社会を女性と男性に二分する二元論を批判しました。それまでのフェミニストが「女性」を均一な集団として捉えることが多かったのに対し、ロードは「女性」の中に存在する差異に注目し、様々なカテゴリーに属する女性がいることを主張しました。彼女は、人種、社会階級、年齢、性別、性的指向、さらには慢性的な疾患や障害といった問題も考察しました。これらのアイデンティティが、ロードの女性としての経験に大きな影響を与えていることを指摘し、人種などの差異に基づく判断に反対する一方で、それらの差異を認識することの重要性を主張しました。ロードのこれらの考えは、後にインターセクショナリティとして知られる概念に大きな影響を与えました。

ロードは、男性社会が定義してきたエロティックなものから解放され、性的なものを積極的に受け入れることは、女性にとって大きな力となると主張しました。また、フェミニズムにおける人種差別を批判し、白人フェミニストの理論が黒人女性を抑圧する構造に寄与していると指摘しました。

白人フェミニズムへの批判

ロードは、白人フェミニストが構築した理論の多くが、黒人女性を抑圧する構造に加担していると主張し、多くのフェミニストから反発を受けました。特に、ラディカル・フェミニストのメアリ・デイリーには厳しい公開書簡を送り、白人フェミニストが主催する学会では、黒人レズビアン・フェミニストの怒りの声を代表する存在として孤立しました。ロードは、1984年のエッセイ「The Master's Tools Will Never Dismantle the Master's House（主人の道具が主人の家を壊すことはない）」で、フェミニズム内に潜む人種差別を指摘しました。

ロードにとってのフェミニズム

ロードは、フェミニズムの基本的な理念として、抑圧は相互に関連していること、変革には声を上げることが必要であること、差異を分断の理由にしないこと、革命はプロセスであること、感情は知識の形態であり活動を豊かにすること、辛さや痛みを乗り越えるために経験し認識することが重要であることを挙げました。また、特権的な立場にいる者がそうでない立場の人を統治、管理する権利があると考える思想を批判し、社会が「こうあるべき」という「空想上の標準」を押し付けていることを指摘しました。

ブラック・フェミニズムへの影響

ロードのエッセイや作品は、彼女の死後もブラック・フェミニズムの重要な文献として研究され続けています。

ロードのアイデンティティ

ロードは、自らを「ブラック、レズビアン、母、闘士、詩人」と表現し、多層的なアイデンティティを生涯を通じて探求しました。

第三波フェミニズムへの影響

ロードの思想は、第三波フェミニズムの発展に大きな影響を与えました。

ウーマニズム

ロードの作品は、ウーマニズムの理論にも影響を与えました。

その他の活動と晩年

ロードは、晩年まで社会活動や執筆活動を精力的に続けました。

著作

ロードは、詩集、散文、エッセイ、スピーチなど、数多くの作品を遺しました。主な著書には、『The First Cities』(1968)、『Cables to Rage』(1970)、『From a Land Where Other People Live』(1973)、『Coal』(1976)、『The Black Unicorn』(1978)、『The Cancer Journals』(1980)、『Sister Outsider』(1984)、『A Burst of Light』(1988)などがあります。

これらの著作は、ロードの多岐にわたる活動と深い思想を今に伝える重要な遺産となっています。

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