オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド

『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』：U2の原点回帰と再生

『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』は、アイルランド出身の世界的なロックバンド、U2が2000年にリリースしたスタジオアルバムです。1990年代にダンスビートやエレクトロニックサウンドを積極的に取り入れるなど、大胆な音楽的実験を重ねた彼らが、新たな世紀の幕開けと共に提示した、バンドの新たな方向性を示す重要な作品となりました。

アルバムタイトルは「置いて行けないものすべて」を意味しており、その言葉が示す通り、バンドは自分たちにとって本当に大切で、時代が変わっても手放すことのできない「バンドの本質」に立ち返ることを目指しました。結果として、シンプルでありながらも力強く、そして聴く者に希望を与えるような、肯定的なメッセージに満ちた大人のロックサウンドが響き渡っています。アルバムのジャケット写真は、フランスのシャルル・ド・ゴール国際空港で撮影されました。スーツケースにハートマークがあしらわれたこのビジュアルは、新たな音楽の旅に出るU2の姿を象徴しているかのようです。

制作背景とサウンドの変化

前作『Pop』とそれに伴うPopmartツアーが、一部から批判的な評価を受けたことに深く傷ついたバンドは、このアルバムの制作にあたり、大きな方向転換を図ります。彼らはアルバムの仮題を『U2000』とし、旧知のプロデューサーであるブライアン・イーノとダニエル・ラノワを再び起用しました（後にスティーヴ・リリーホワイトも参加）。今回は厳密な期限を設けず、時間をかけて断続的にレコーディングを進めました。

この制作過程でバンドが導き出した結論は、バンドサウンドへの回帰でした。特に、1990年代には意図的に抑えられていた、U2ならではの、聴く者の心に響く「チャイムのように鳴り響くギターサウンド」を再び前面に押し出すことを決めます。ボーカリストのボノは、当時の心境について「音楽が現実世界と出会うことに、僕らは胸を躍らせていたんだ」と語っています。また、「この作品に取りかかる前は、もう人々はロックアルバムを買わないだろうと考えていた。最近のプログレッシブ・ロックの傾向で、シングル曲が忘れられているように感じていたんだ。だから僕らは、このアルバムのために11曲すべての曲をシングル曲のように考えて書いた」と、収録曲それぞれが持つポテンシャルに自信を見せていました。

しかし、当初バンドはこの回帰路線に対して若干及び腰な部分もありました。例えば、アルバムを代表する楽曲となる「Beautiful Day」は、あまりにも「U2らしい」という理由で一度はお蔵入りにすることも検討されていたほどです。それでも最終的にこの原点回帰路線を選んだことが、バンドにとって大きな成功をもたらしました。批評家や長年のファンから高く評価され、リリースから20年近く経ってから発表された『ローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・ベストアルバム500』では280位にランクインするなど、その評価は揺るぎないものとなっています。

歴史的な成功とグラミー賞

商業的にも大成功を収め、世界中で1000万枚以上のセールスを記録しました。そして、このアルバムはグラミー賞において多数の賞を獲得し、U2のキャリアにおいて新たな頂点を極めることになります。特筆すべきは、同一アルバムからの楽曲で「最優秀レコード部門」を2年連続で受賞するという、グラミー賞史上唯一の快挙を成し遂げたことです。

2001年：最優秀楽曲賞「Beautiful Day」、最優秀レコード賞「Beautiful Day」、最優秀ロック・グループ賞「Beautiful Day」
2002年：最優秀レコード賞「Walk On」、最優秀ロック・アルバム賞、最優秀ロック・グループ賞「Elevation」、最優秀ポップ・グループ賞「Stuck in a Moment You Can't Get Out Of」

収録曲の中には、特定のメッセージや背景を持つものも少なくありません。「Elevation」は、後のワールドツアーのタイトルとなり、映画『トゥームレイダー』の主題歌としても広く知られました。「Walk On」は、当時自宅軟禁下に置かれていたミャンマーの民主化運動指導者、アウンサンスーチー氏を励ますために書かれた楽曲です。「Stuck in a Moment You Can't Get Out Of」は、ボノが自殺で亡くなった親友、INXSのボーカリストだったマイケル・ハッチェンスに捧げた、痛切なバラードです。日本盤や一部の国際盤にボーナストラックとして収録された「The Ground Beneath Her Feet」は、ボノが原案・プロデュースに関わった映画『ミリオンダラー・ホテル』の主題歌で、作家サルマン・ラシュディの小説中の詩に基づいて作曲されました。

個性豊かな収録曲のエピソード

アルバムには、メンバーの個人的な経験やインスピレーションに基づいた楽曲も多く収録されています。

Kite：当初はボノが娘たちとの凧揚げの経験から着想を得て、彼自身から娘たちへのメッセージを込めた曲だと考えていましたが、制作過程で、当時癌と闘病していた彼の父親への思いが強く込められていることに気づいたといいます。ライブでは、亡き父親を偲んで歌詞が変更されて演奏されることもありました。
In a Little While：ボノが寝不足の状態で即興的に歌詞とメロディを生み出した、妻のアリに向けたラブソングです。しかし、後にラモーンズのジョーイ・ラモーンが亡くなる間際にこの曲を聴いていたというエピソードを知り、ボノはこの曲がまるでゴスペルのような特別な意味を持つようになったと語っています。他のアーティストによるカバーも複数存在します。
Wild Honey：バンド内でも意見が分かれた楽曲で、ラリー・マレン・ジュニアやダニエル・ラノワは古風な印象を抱いていましたが、ブライアン・イーノはヴァン・モリソン風だと評価し、収録が決まりました。U2らしからぬ遊び心があると評されることもありますが、ライブでの演奏頻度は多くありませんでした。
Peace on Earth：1998年に北アイルランドのオマーで発生した痛ましい爆弾テロ事件を受けて、ボノが犠牲者への追悼と平和への願いを込めて一晩で書き上げた曲です。歌詞には実際の犠牲者の名前が織り込まれており、2001年のアメリカ同時多発テロ事件の後には、平和への祈りを込めてラジオで頻繁にオンエアされました。
When I Look at the World：信仰の危機をテーマにした楽曲と解釈されています。バンドメンバー3人のみで完成させたものの、その後にライブで再現するのが難しくなり、公式なライブ演奏はほとんど行われていません。
New York：ボノが愛する街、ニューヨークに捧げられた曲です。フランク・シナトラやルー・リードといった、この街にゆかりの深いアーティストへの敬意が込められています。
* Grace：ボノが大切に思っている人々の「Grace」（優雅さ、恩寵）を描いた曲ですが、この曲もライブで演奏されたことはありません。

国際的な評価と特筆すべき点

『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』は、ローリング・ストーン誌、ヴィレッジ・ボイス、Qマガジンなど、世界中の多くの音楽メディアで年間ベストアルバムの上位にランクインし、その年の音楽シーンを代表する作品としての地位を確立しました。また、前述のグラミー賞での受賞歴に加えて、数多くの音楽賞を受賞しています。

一方で、このアルバムはミャンマー国内では放送禁止措置が取られています。これは、収録曲「Walk On」がアウンサンスーチー氏に捧げられた曲であることが理由であり、同国でアルバムや関連作品を所持していることが判明した場合、厳しい刑罰が科される可能性があるという特異な状況にあります。

『オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド』は、U2が90年代の実験を経て、バンドの核心に立ち返り、新たな世紀における彼らの音楽性を確立した記念碑的なアルバムと言えるでしょう。その普遍的なメッセージと円熟したサウンドは、多くの人々に愛され続けています。

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