カイロミクロン

カイロミクロン

カイロミクロン（chylomicron）は、私たちが食事から摂取した脂肪（主にトリグリセリド）やコレステロールなどの脂質を、吸収した小腸から体内の各組織へと運搬する役割を担う巨大なリポタンパク質粒子です。リポタンパク質は、水に溶けにくい脂質を血液のような水性環境中で運ぶための特殊な粒子であり、その中でもカイロミクロンは最も大きく、主に外から取り込まれた脂質（外因性脂質）の輸送に特化しています。その構成成分は、運ばれる主成分であるトリグリセリドが85～92%と大半を占め、その他にリン脂質（6～12%）、コレステロール（1～3%）、そして粒子構造の維持や機能に関わるタンパク質（1～2%）が含まれます。リポタンパク質には、カイロミクロンの他に、超低密度リポタンパク質（VLDL）、中間密度リポタンパク質（IDL）、低密度リポタンパク質（LDL）、高密度リポタンパク質（HDL）といった主要なグループがあり、それぞれ体内での脂質の役割分担をしています。

「カイロミクロン」という名前は、脂肪を吸収した後のリンパ液が乳白色に見えることから名付けられた「乳糜（chyle）」と、古代ギリシャ語で「小さいもの」を意味する「μικρόν (mikrón)」に由来しています。

生成と輸送

この粒子の生成場所は、主に小腸の吸収上皮細胞、具体的には十二指腸の絨毛に存在する細胞です。食事由来の脂質は、小腸で分解・再合成された後、これらの細胞内で再びトリグリセリドなどとして組み立てられ、様々な構成成分と共にカイロミクロンとしてパッケージされます。

カイロミクロンは、生成されてからその役割を終えるまでの「ライフサイクル」を持ちます。大きく分けて三つの段階を経過します。

未成熟カイロミクロン: 小腸の吸収細胞内で形成された直後の状態です。直径は75ナノメートルから最大1,200ナノメートルと非常に大きく、主成分はトリグリセリドです。細胞から直接血流に入るのではなく、まず細胞膜を介した放出（エキソサイトーシス）によって細胞外へ出され、小腸の絨毛にあるリンパ管の一種である「乳糜管」に入ります。リンパ液中を移動し、最終的に胸管を経て左鎖骨下静脈から全身の血流へと合流します。この段階の粒子には、アポリポタンパク質B-48（APOB48）が主要なタンパク質として含まれています。

成熟カイロミクロン: リンパ液および血流中に入ると、未成熟カイロミクロンは他のリポタンパク質、特に高比重リポタンパク質（HDL）と相互作用します。この過程で、HDLからアポリポタンパク質C-II（APOC2）とアポリポタンパク質E（APOE）を受け取り、成熟した機能を持つカイロミクロンへと変化します。APOC2は、全身の血管内皮などに存在する「リポプロテインリパーゼ（LPL）」という酵素の活性化に不可欠な補因子として働きます。

* カイロミクロンレムナント: 成熟カイロミクロンが血流を循環する中で、LPLの作用によって内部のトリグリセリドは分解され、脂肪酸として脂肪組織や筋肉などの細胞に取り込まれてエネルギー源や貯蔵庫として利用されます。トリグリセリドの大部分が放出されると、粒子は小さくなり（直径約20～50ナノメートル）、含まれていたAPOC2をHDLに戻しますが、APOEは保持します。この、トリグリセリドが減少し小さくなった粒子が「カイロミクロンレムナント（残遺物）」です。このレムナントは、表面にあるAPOB48とAPOEを認識する受容体によって、主に肝臓に取り込まれ、最終的に分解処理されます。

このように、カイロミクロンは食事から得た脂質エネルギーを効率的に全身へ供給し、その後は速やかに肝臓で処理されることで、食後の血中脂質濃度の上昇を一時的なものに留め、脂質代謝のバランスを保つ上で重要な役割を果たしています。

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