カズイスチカ

カズイスチカ（森鷗外）

『カズイスチカ』は、森鷗外が1911年（明治44年）に『三田文学』で発表した短編小説です。

あらすじ

物語は、医学士である花房が、かつて千住で開業医をしていた父を手伝っていた頃を回顧する形で展開されます。当初、花房は父を単なる老人に過ぎないと思っていましたが、父の診療に対する真摯な姿勢、そして経験に裏打ちされた確かな眼差しに触れるうち、尊敬の念を抱くようになります。

物語の中では、父が代診として診察した「落架風」（＝顎関節脱臼）、「一枚板」（＝破傷風）、「生理的腫瘍」といった症例が、季節の移り変わりと共に「カズイスチカ」（羅：casuistica 英：casuistics 医学用語で「個々の症例の記録および研究（の報告）」）として語られます。これらのエピソードを通じて、花房は父の医者としての卓越した能力と人間性に気づき、自らの未熟さを痛感します。

概論

本作は1911年（明治44年）1月15日に脱稿され、『三田文学』に発表されました。その後、1913年（大正2年）には短編集『分身』に収録されています。

比較文学者の芳賀徹は、『カズイスチカ』が新井白石の自伝『折たく柴の記』から影響を受けて生まれた作品であると推測しています。佐伯彰一もまた、『日本人の自伝』の中で新井白石の章を取り上げ、『折たく柴の記』における鮮明な父親像が、『カズイスチカ』に登場する老医、すなわち花房の父の描き方と重なり合うと指摘し、両作品に共通するテーマを見出しています。

作品の特徴

『カズイスチカ』は、医学という専門分野を舞台に、父子の関係性、経験の重要性、そして人間の成長を描いた作品と言えるでしょう。鷗外の洗練された文章表現と、緻密な心理描写が、読者を物語の世界へと引き込みます。また、作中に登場する医学用語や当時の医療事情が、作品にリアリティを与えています。

参考文献

『カズイスチカ』：新字新仮名 - 青空文庫
『分身』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
鷗外文庫中の折たく柴の記写本 - 鷗外文庫書入本画像データベース
森鴎外と千住 - 足立区、2018年12月18日

関連項目

小金井喜美子
熊沢蕃山

もう一度検索