カセイ峡谷

カセイ峡谷とは

カセイ峡谷（Kasei Valles）は、火星の広大な地域、具体的にはアキダリウム海地域とルナエ沼地域に跨る巨大な地形です。その名前は日本語の「火星」に由来しており、この特徴的な地形が日本の言葉と結びついていることは興味深い点です。カセイ峡谷は、全長が約1,780キロメートルにも達し、火星に存在する大洪水地形の中でも特に大規模なものの一つとして知られています。

地形の広がりと規模

この巨大な峡谷は、北緯16.28度から27.11度、東経285.55度から309.66度という広範囲に広がっています。その規模は圧巻で、全長1,780キロメートルに加え、場所によっては幅が300マイル、つまり約480キロメートルにも達します。地球上にある代表的な峡谷であるグランド・キャニオンの幅が最大でも約29キロメートルであることを考えると、カセイ峡谷がいかに圧倒的なスケールを持っているかが理解できます。

カセイ峡谷は、火星で確認されている大洪水地形の中で最長の部類に入り、その形状や規模から、過去の火星における水の活動の証拠と考えられています。

峡谷の経路と特徴

カセイ峡谷は、マリネリス峡谷の近傍にあるエチュス谷を起点としています。そこから概ね北方向へと流れていき、最終的には火星北東部に広がるクリュセ平原へと続いています。このクリュセ平原の終端近くには、かつて火星探査機バイキング1号が着陸した地点があります。

峡谷は、北緯約20度付近で二つの大きな流れに分岐します。一方は「カセイ峡谷・キャニオン」、もう一方は「北カセイ峡谷」と呼ばれています。これら二つの流れは、さらに東進し、東経約297度付近で再び合流します。この二つの流れに挟まれた広大な地域は「サクラ卓状台地」として知られており、まるで大きな島のように存在しています。カセイ峡谷の深さもまた特筆すべき点で、場所によっては2キロメートルから3キロメートルにも及ぶ深さを持っています。

形成のメカニズム

カセイ峡谷は、他の火星における大洪水地形と同様に、過去に大量の液体の水が流れることによって形成されたと考えられています。この水の供給源としては、広大な火山平原であるタルシス地域が有力視されています。水の流れ方は、一度に発生した破滅的な規模の洪水であった可能性と、比較的長期間にわたって洪水が繰り返し発生した可能性の両方が考えられています。

一方で、液体の水ではなく、氷河が流れることによって現在の地形が形成された可能性も指摘されており、カセイ峡谷の正確な形成過程については議論が続けられています。

過去の地質学的調査からは、特に三度にわたる巨大な洪水イベントが、現在のカセイ峡谷の地形、特に二つの流れに挟まれた「島」であるルナエ卓状台地や、シャロノフ・クレーターといった特徴的な地形の形成に大きく関わったと考えられています。これらの洪水は、その浸食の痕跡から、水面が実に400メートル以上もの高さに達するほど激しいものであったと推定されています。これは、地球上の同種の地形、例えばアメリカのドライ滝を形成した大洪水と比較しても、遥かに大きなエネルギーを持ったイベントであったことを示唆しています。これらの洪水は、少なくとも100キロメートル以上も離れた上流から流れ下ってきた可能性があります。

カセイ峡谷の存在は、かつての火星に大規模な水の活動が存在したことを示す重要な証拠であり、火星の過去の環境を知る上で非常に価値のある地形です。

もう一度検索