カトリック陰謀事件

カトリック陰謀事件：イングランドを揺るがした虚偽の告発と集団ヒステリー

1678年から1681年にかけてイングランドで発生したカトリック陰謀事件（Popish Plot）は、カトリック教徒による国家転覆の陰謀という、完全にでっち上げられた告発から生まれた政治スキャンダルです。この捏造された陰謀説は、イングランド社会に深く根付いた反カトリック感情に火をつけ、大規模な集団ヒステリーを引き起こしました。2年半以上にわたって続いたこの事件は、多くのカトリック教徒の犠牲を出し、イングランドの政治構造や社会風潮に大きな変化をもたらしました。

事件の背景：反カトリック感情の高まり

清教徒革命の記憶がまだ生々しかった1670年代のイングランドでは、カトリック教徒に対する強い敵意が社会全体に広がっていました。国王チャールズ2世の王妃キャサリンと王弟ジェームズがカトリック教徒であったことは、国民、特にジェントリやロンドン市民の不安と警戒感をさらに増幅させました。この緊張感の高まった社会情勢が、カトリック陰謀事件の温床となりました。

主要人物：事件を動かす様々な立場の者たち

この事件には、様々な立場の人物が関与していました。その中でも特に重要な役割を果たした人物たちを見ていきましょう。

タイタス・オーツ (Titus Oates): 事件の中心人物。バプテストの家に生まれ、イングランド国教会に所属していましたが、スキャンダルを起こして追放され、その後イエズス会に入会を試みますが失敗。イエズス会への強い敵意を抱き、事件の主要な告発者となりました。
イズレイエル・トング (Israel Tonge): 国教会の聖職者で、オーツのパトロン。精神的に不安定であったとも言われ、カトリック教徒に対して強い敵意を持っていました。
ダンビー伯 (Earl of Danby): 当時の国王側近で、大蔵卿を務めた政治家。後にリーズ公爵に叙せられます。
エドマンド・バリー・ゴドフリー (Edmund Berry Godfrey): ロンドンの治安判事。収賄などの汚職に関わった過去を持つ一方、事件当時はロンドンの治安維持に重要な役割を果たしていました。後に謎の死を遂げます。
エドワード・コールマン (Edward Coleman): ヨーク公（後のジェームズ2世）妃の秘書。カトリック教徒で、フランス王室との密接な関係を持っていました。彼との手紙が、陰謀の証拠として利用されました。
シャフツベリ伯 (Earl of Shaftesbury): 当時のホイッグ党の指導者。反カトリックの急先鋒として、事件の政治利用を図りました。

陰謀の捏造と拡大：ゴドフリーの死とコールマンの手紙

オーツとトングは、イエズス会と長老派が結託して国王暗殺や国教会の転覆を企てているという、根拠のない陰謀をでっち上げました。当初は相手にされませんでしたが、二つの出来事が状況を一変させました。

1. ゴドフリーの変死: ゴドフリーが殺害された事件は、カトリック教徒による犯行という噂を呼び、陰謀説への信憑性を高めました。
2. コールマンの手紙: コールマンとフランス王室との間の書簡が発見され、これが陰謀の証拠として利用されました。実際には、友好関係維持のための資金に関するものでしたが、「暗殺資金」として歪曲されて報道されました。

これらの出来事が、イングランド社会に蔓延していた反カトリック感情に火をつけ、集団ヒステリーを引き起こしました。

集団ヒステリーとカトリック弾圧：無実の犠牲者たち

ロンドンは宗教戦争のような様相を呈し、多くの無実のカトリック教徒が、オーツの告発に基づいて逮捕・処刑されました。オーツの主張は、神の啓示とみなされるほどになり、彼を批判する者は陰謀に加担しているとして迫害されました。アイルランド総大司教オリヴァー・プランケットなど、30名以上が無実の罪で処刑されました。この間、ダニエル・デフォーなどもオーツを批判し、非難されています。

シャフツベリ伯らホイッグ党は、この機に乗じて議会や公職からカトリック教徒を排除し、ヨーク公ジェームズの王位継承権を剥奪しようとする動きを活発化させました。

粉桶陰謀事件：模倣犯の出現

翌1679年には、粉桶陰謀事件という模倣犯による陰謀事件が発生しました。これは、ジェームズの王位継承を阻止しようとする長老派の陰謀でしたが、すぐに虚偽であることが発覚しました。

事件の終息とその後：ホイッグの衰退とジェームズの王位継承

陰謀の虚偽が明らかになるにつれて、オーツの主張は信憑性を失っていきました。オーツ自身も偽証罪で裁判にかけられ、有罪判決を受けましたが、死刑は免れました。

この事件は、ホイッグ党の勢力を弱め、結果的にヨーク公ジェームズの王位継承を容易にしました。しかし、事件で処刑された無実の犠牲者たちは、取り返しのつかない損失を負いました。オーツは、名誉革命後、年金を得て裕福な晩年を送ったという皮肉な結末を迎えています。

参考文献

Cruickshanks, Eveline. The Glorious Revolution, Palgrave Macmillan, Hong Kong, 2000. ISBN 0333567633
Miller, John. James II, 3rd. ed(Paperback). Yale University Press, 2000. ISBN 0300087284
* 松村赳・富田虎男編「英米史辞典」研究社、2000年。ISBN 476743047X

もう一度検索