カトリーヌ・ド・ブリー

カトリーヌ・ド・ブリー（Catherine de Brie、1630年頃生 - 1706年1月頃没）は、本名をカトリーヌ・ルクレール・デュ・ロゼといい、17世紀フランス演劇界において、モリエール劇団の中心的存在として活躍した屈指の名女優です。また、劇作家・俳優であるモリエールの愛人でもあったことでも知られています。

彼女は俳優夫妻のもとに生まれましたが、その生い立ちや詳細な出生地などはあまり明らかになっていません。1650年頃、夫であるエドム・ヴィルカン（芸名：ド・ブリー）とともにモリエールの劇団に加わりました。同じ時期、モリエールが劇団の女優マルキーズ・デュ・パルクとカトリーヌにアプローチしたとされており、マルキーズがそれを軽く受け流したのに対し、カトリーヌは好意的な態度を見せたと言われます。これがきっかけでモリエールとの愛人関係が始まったと考えられますが、具体的な時期は不明です。興味深いことに、夫であるド・ブリーがこの関係について明確な不満を示した記録は残されていません。当時の役者たちの間には奔放な気風があったため、ド・ブリーが寛大な人物だったか、あるいは単に妻に何も言えないほど頼りない存在だったのかは定かではありません。夫ド・ブリーは、劇団では脇役しか与えられず、モリエールが手を焼くほどの大根役者だったと言われています。

カトリーヌは夫ド・ブリーとの間に、1652年に男児、1659年に女児をもうけています。これら二人の子供の名付け親をモリエールとマドレーヌ・ベジャールが務めたことから、一部の研究者はモリエールとの関係を示唆する可能性を指摘していますが、決定的な根拠はありません。

彼女がモリエール作品で初めて重要な役を演じたのは、『粗忽者』（1653年）のヒロイン、セリー役でした。この役で「娘役」「恋人役」としての才能が高く評価され、以降、若い女性の役を中心に演じることになります。『恋人の喧嘩』（1656年）でもヒロイン、リュシールを演じました。1659年の『才女気取り』では、マドレーヌ・ベジャールと共にプレシューズ（才女気取り）を演じます。この年、マルキーズ・デュ・パルクが一時的に他の劇場に移籍したため、若い娘役を演じられる女優はカトリーヌとマドレーヌに限られていました。続く『スガナレル』（1660年）では主人公の妻役を演じるなど、少しずつ役柄の幅を広げていきます。

彼女のキャリアにおける最大の成功は、『女房学校』（1662年）で演じた純真無垢な娘アニェス役でした。この演技は観客に熱狂的に支持され、彼女の引退までアニェス役を演じ続けることを求められたほどです。その影響力は大きく、世間では無邪気な娘を演じることを指して「アニェスぶる」という言葉が生まれるほどでした。また、『亭主学校』（1661年）のヒロイン、イザベル役でも大きな成功を収めています。

『亭主学校』初演の約10ヶ月前、1662年2月にモリエールはアルマンド・ベジャールと結婚します。モリエールの愛人であったカトリーヌがこの結婚に対してどのような反応を示したのかについては、モリエール死後に書かれた中傷的な文献である「名女優物語」に言及があるのみで、その真偽は定かではありません。同書はマドレーヌ・ベジャールをモリエールのライバルとみなし、彼女がアルマンドとの結婚を画策したと主張していますが、これは著者の偏見に基づいた見方であり、鵜呑みにすることはできません。

『女房学校批判』（1663年）や『ヴェルサイユ即興劇』（1663年）では、これまでとは異なる、偽善的な二面性を持つ役柄を演じ、演技の幅を見せました。しかし、『人間嫌い』（1666年）では再び純粋で穏やかな娘役に戻っています。ところが、1667年にマルキーズ・デュ・パルクがブルゴーニュ劇場へ移籍したことで、カトリーヌは娘役以外の多様な役柄に挑戦する必要が生じました。『町人貴族』（1670年）では未亡人ドリメーヌ役で成熟した女性の魅力を発揮し、モリエール最後の作品『病は気から』（1673年）では陰険な後妻ベリーヌ役を演じるなど、晩年のモリエール作品において重要な役を務めました。

1673年2月17日にモリエールが死去した後、未亡人アルマンド・ベジャールを中心とした劇団は再編を行い、興行収入の分配額を見直しました。この結果、カトリーヌの取り分は夫ド・ブリーと合わせて半減しましたが、彼女は特に異議を唱えることなくこの決定を受け入れたと伝えられています。夫ド・ブリーは1676年に亡くなりました。1680年にはブルゴーニュ劇場とモリエールらの劇団が合併してコメディ・フランセーズが創設され、カトリーヌもその正座員となります。しかし、1684年には王太子妃の命令により、そのお抱え劇団（Comedie-Dauphine）に移籍することとなりました。1685年に1000リーヴルの年金を受け取り、正式にコメディ・フランセーズを退団しました。その後、1706年1月頃に亡くなったとされています。

彼女の人物、特にその美貌については、同時代の証言で対立する記述が見られます。

劇作家ピエール・コルネイユの弟トマが、モリエール劇団のルーアン滞在中にパリの友人に宛てた手紙には、「モリエール氏の劇団には、当時ブルゴーニュ劇場の看板女優であったバロン嬢の美しさには及ばないものの、彼女と肩を並べる二人の美しい女性がいる」と書かれています。この二人の美女はカトリーヌとマルキーズ・デュ・パルクを指しており、彼女が同時代に美貌で知られていたことが伺えます。

18世紀半ばに編纂されたパルフェ兄弟の「フランス演劇史」には、カトリーヌが「非常に長きにわたりモリエール氏の美しい恋人、そして劇団の美しい女優の一人であった」と記されており、特にアニェス役が傑出していたと述べられています。同書は、モリエールと同時代の歴史家トララージュの資料を引用し、彼女が65歳になってもアニェス役を演じ続けたと伝えていますが、これはトララージュの勘違いで、正しくは55歳頃であったと考えられています。当時の舞台照明は蝋燭が中心で薄暗かったこと、そして彼女自身に若々しさを保つ天性の資質があったことが、晩年まで若い娘役を演じられた理由として推測されます。

一方、伝記作家ジャン＝レオノール・グリマレは、彼女について全く逆の証言を残しています。「私はマドレーヌ・エスプリ（モリエールの娘）から直接伺ったのですが、グリマレは大変醜い女性でした。彼女の美貌を褒める人などただの一人もいなかったと言います。フロリモン（同時代の俳優）も同じ証言をしていました。」この証言はモリエールの娘マドレーヌ・エスプリと弟子であったミシェル・バロン（グリマレと混同されている可能性あり）によるものとされますが、モリエールの娘が父の愛人に対して否定的な印象を持つ可能性や、美醜の基準が人によって異なることを考慮すると、こうした対立する証言が存在することも理解できます。

以下に、彼女がモリエール作品で演じた主な役の一部を挙げます。

1653年 - 『粗忽者』：セリー
1656年 - 『恋人の喧嘩』：リュシール
1659年 - 『才女気取り』：プレシューズ役
1662年 - 『女房学校』：アニェス
1663年 - 『ヴェルサイユ即興劇』：ド・ブリー（本人役）
1664年 - 『強制結婚』：エジプト人役
1664年 - 『エリード姫』：シンシエ
1666年 - 『人間嫌い』：エリヤント
1667年 - 『タルチュフ』：マリアーヌ
1668年 - 『守銭奴』：マリアーヌ
1670年 - 『町人貴族』：ドリメーヌ
1672年 - 『女学者』：アルマンド
* 1673年 - 『病は気から』：ベリーヌ

もう一度検索