カムバックサーモン運動

「カムバックサーモン運動」とは、戦後の急激な経済成長期に進行した自然環境の悪化により、日本の多くの河川で途絶えてしまったサケの自然な回帰を再び実現しようとする市民レベルの環境再生運動です。

各地での取り組み

この運動は全国各地の河川で展開されましたが、特に象徴的な取り組みとして、千葉県の栗山川と北海道の豊平川での事例が知られています。

栗山川での活動

千葉県九十九里浜に注ぐ栗山川では、高度経済成長期にサケが姿を消す以前、1957年頃までは自然な産卵と遡上のサイクルが維持されていました。上流地域では、平安時代にルーツを持つとされる「山倉大神の鮭祭り」が長年にわたり伝承されていました。

しかし、その後の用水事業などが河川環境に影響を与え、一時的にサケの回帰が途絶えてしまいます。この状況に対し、1976年からは千葉県内水面水産試験場が増殖事業としてサケの稚魚放流を開始し、再びサケが川に戻ってくるようになりました。ただし、戻ってくるサケの数は限られ、産卵期に近づいて体色が変化した「ブナ」と呼ばれる状態のものが多く、食味や商品価値が低いことから、商業的な利用には至りませんでした。

商業化が困難であったにもかかわらず、このサケを呼び戻す取り組みはボランティア活動として継続されます。栗山川漁業協同組合が協力し、遡上したサケを捕獲して人工授精を行い、その卵から孵化した稚魚を地域の小学校で育てて放流する「サケの里親制度」が始まりました。この活動は横芝町や光町から始まり、上流の多古町、香取市へと広がり、小学校だけでなく地域内外の一般家庭も参加する市民運動へと発展しました。また、サケの遡上を妨げていた横芝堰には、2007年の改修で魚道が設置され、サケがさらに上流へ遡上できる環境が整備されました。

豊平川での活動

札幌市の中心部を流れる豊平川にも、昭和の初め頃までは多くのサケが遡上し、1937年からは増殖事業も実施されていました。ところが戦後、札幌の急速な人口増加に対し下水道整備が追いつかず、大量の生活排水が豊平川に流れ込んだことで水質が著しく悪化し、サケは川から姿を消しました。1953年には増殖事業も中止に追い込まれます。

その後、下水道整備が進み、1970年代には豊平川の水質は改善されましたが、一度途絶えたサケの遡上は自然には回復しませんでした。この状況を憂慮した市民有志が集まり、1978年に「さっぽろサケの会」を結成します。翌1979年には市民の手による稚魚放流が開始され、その2年後の1981年には、放流されたサケが成長して母なる川へと無事に戻ってきました。この成功が契機となり、1984年には札幌市によって豊平川さけ科学館が設立され、サケの増殖・普及啓発活動の中心的な役割を担うことになります。さらに、1985年からは自然産卵するサケも確認されるようになり、豊平川はサケが戻る川として知られるようになりました。

その他の河川

カムバックサーモン運動は、栗山川や豊平川以外にも、京都府の由良川や長野県の千曲川など、日本各地の河川で同様の取り組みが行われました。

東京都を流れる多摩川でも、馬場錬成氏らによって市民団体「多摩川にサケを呼ぶ会」が結成され、稚魚の放流が続けられました。多摩川とほぼ同じ緯度にありながらサケの回帰が実現した栗山川の成功を参考に、「多摩川にもサケは戻ってくるはずだ」との思いで活動が続けられましたが、残念ながら多摩川は元々自然にサケが遡上するような環境ではなかったため、回帰の実現には至っていません。

企業の支援と広がり

この市民運動に対して、企業からの支援もありました。宝酒造は、1979年4月に「さっぽろサケの会」への支援を表明し、「カムバック・サーモン・キャンペーン」を開始しました。このキャンペーンの一環として、宝焼酎「純」の協賛記念ボトルを北海道限定で販売し、売上の一部を含む1000万円（4年間の合計額の一部）を同団体へ寄付するなど、資金面で援助を行いました。

また、同社は支援活動のPRとして、俳優の石原良純氏を起用したCM「サケと共に自然よ帰れ COME BACK SALMON」を放映しました。さらに、宝酒造が提供していた人気テレビドラマ『西部警察 PART-II』（テレビ朝日系列）では、このカムバックサーモン運動を着想源としたスペシャルドラマ「－北都の叫び－カムバック・サーモン」が制作され、1982年12月12日に放送されるなど、メディアを通じた広報活動も積極的に行われました。

宝酒造のこの取り組みは、単なる資金援助にとどまらず、環境保全をテーマにした企業活動として高い評価を受け、1980年には「MCEI世界マーケティング専門機構」のグランプリを受賞しました。この活動を通じて、カナダのフレーザー川やイギリスのテムズ川など、世界各地で同じように失われたサケを取り戻そうとする活動を行っている団体との国際交流も生まれました。

さらに、この運動は文化的な影響も与えました。国民的漫画・アニメである『ドラえもん』には、このカムバックサーモン運動から着想を得たエピソード「酒の泳ぐ川」（てんとう虫コミックス36巻収録）があり、このエピソードは1984年と2012年にアニメ化されています。

カムバックサーモン運動は、高度経済成長期に失われた日本の豊かな自然を取り戻そうとする市民の強い思いが、行政や企業の協力も得て具体的に形になった事例として、環境運動の歴史において重要な位置を占める活動と言えます。

もう一度検索