カラノス (マケドニア王)

マケドニア王国の歴史において、その黎明期を飾る伝説的な存在として語り継がれるのが、カラノスです。彼はマケドニア王国の最初の統治者とされ、後の有力な王朝であるアルゲアデス朝の祖であると伝えられています。紀元前808年から紀元前778年頃までのおよそ30年間在位したとされていますが、彼の存在や事績はあくまで伝説に属すると考えられています。実際、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、マケドニア王国の初代国王を別の人物、すなわちペルディッカス1世であると記しており、この点はカラノスの歴史的位置づけに複雑さをもたらしています。

カラノスの出自については、ギリシア神話の英雄たちとの関連が語られます。彼は、古代ギリシア世界で広く信仰された英雄ヘラクレスの曾孫の一人であるテメノスの息子とされています。このテメノスは、伝説的な出来事である「ヘラクレイダイの帰還」において、兄弟であるクレスポンテスやアリストデモスと共に、ミュケナイ人からペロポネソス地方を奪還する指導者の一人でした。彼らは征服した土地を分割し、クレスポンテスはメッセニアを、アリストデモスはスパルタを、そしてテメノスはアルゴスをそれぞれ得たと伝えられています。

テメノスの死後、彼の息子たちの間でアルゴスの王位を巡る争いが勃発します。この争いを制したのは息子の一人であるペイドンであり、彼は他の兄弟を退けて王位に就きました。一方、この争いから離れたカラノスは、アルゴスに留まらず、自らの手で新たな王国を築くことを志します。彼は神意を問うため、古代ギリシア世界で最も権威ある神託所の一つであるデルポイに赴きます。そこで得た神託は、「山羊に導かれるままに進み、その山羊が立ち止まった場所に王国を建設せよ」というものでした。

この神託に従い、カラノスは山羊の後を追って北方へと旅立ちます。長い旅の末、彼がたどり着いたのは、当時エデッサと呼ばれていた土地でした。伝承によれば、彼は激しい豪雨と深い霧という悪天候を利用してこの地の攻略に成功したとされています。エデッサを制圧した後、カラノスはこの地をアイガイと改称します。アイガイは「山羊の地」を意味するとも言われ、これは彼を導いた山羊とデルポイの神託を記念したものと考えられます。そして、カラノスはこのアイガイを首都と定め、ここにマケドニア王国を建国したと伝えられているのです。アイガイは、現在のギリシア北部にあるヴェルギナ遺跡に比定されており、後世にはアルゲアデス朝の王たちの墓所が置かれました。

また、歴史家エウセビオスの年代記には、カラノスに関する別の伝承が記されています。それによれば、カラノスはオレスタイ地方の王が隣国エオルダイアとの戦争で苦境に立たされている際に、その助けを求める要請に応じたとされます。カラノスはオレスタイ王を支援し、見事に戦いに勝利します。その功績に対する見返りとして、オレスタイ王は約束通り自らの領地の半分をカラノスに与えました。カラノスはこの地を得て統治を開始し、30年間にわたって平和に支配を続けた後、老衰によってその生涯を終えたと伝えられています。彼の死後、王位は息子であるコイノスが引き継ぎ、彼もまた28年間王国を治めたとされています。

このように、カラノスに関する伝承は複数存在し、その生涯や建国の経緯は必ずしも一義的ではありません。しかし、マケドニア王国が初期の歴史において、ギリシア世界の伝説や神話と深く結びついた形で自らの起源を語っていたことを示す、重要な人物であると言えるでしょう。彼は王国の歴史を彩る、まさに伝説上の初代王として、現代にその名を伝えています。

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