カリアスの和約

カリアスの和約：歴史的真実か、それとも伝説か？

紀元前449年、アテナイを中心としたデロス同盟とペルシア帝国との間で締結されたとされるカリアスの和約は、古代ギリシアの歴史における重要な出来事として、長らく議論の的となっています。この条約は、ペルシア戦争終結の象徴として位置付けられてきましたが、その実在性については、現在も多くの歴史家によって疑問視されているのです。

和約成立の背景

紀元前480年のペルシアによるギリシア侵攻の失敗後、デロス同盟は勢力を拡大し、紀元前450年にはキュプロス遠征を実施しました。この遠征におけるデロス同盟の優勢を背景に、当時のペルシア王アルタ[[クセルクセス1世]]は講和を決意。アテナイの全権大使カリアスを代表とした交渉の結果、和平が成立したと伝えられています。この条約は、交渉の中心人物であったカリアスの名を取って「カリアスの和約」と呼ばれています。

ディオドロスによる記述

歴史家ディオドロスは、カリアスの和約の内容について詳細な記述を残しています。それによると、アテナイはエーゲ海におけるペルシアの影響力を排除し、小アジアのギリシア人都市国家の自治を確保しました。その見返りとして、キュプロスとエジプト（当時ペルシアへの反乱を起こしていた）への不干渉を約束したとされています。この記述は、アテナイの優位性を示唆する一方で、ペルシアの抵抗を最小限に抑えようとする妥協の産物であったことも示しています。

和約の実在性をめぐる論争

しかし、カリアスの和約の実在性については、多くの疑問が投げかけられています。ディオドロス以外にも、デモステネスやプルタルコスといった歴史家が和約の存在について言及していますが、一方で、重要な歴史家テオポンポスは、その存在を明確に否定しています。さらに、トゥキュディデスは、自身の『ペロポネソス戦争の歴史』において、この和約について全く触れていません。トゥキュディデスは、この時代の出来事について詳細な記録を残しているにもかかわらず、カリアスの和約を無視している点も、その実在性を疑わせる大きな要因となっています。

また、ペロポネソス戦争後、ペルシア帝国とアテナイ、スパルタとの間で結ばれた他の条約においても、カリアスの和約を踏襲したような条件は見当たりません。これらの事実は、カリアスの和約が実際には存在しなかった、もしくは、その内容がディオドロスらの記述とは大きく異なる可能性を示唆しています。

まとめ

カリアスの和約は、古代ギリシアとペルシアの関係史における重要な出来事として扱われてきましたが、その実在性については、依然として多くの議論がなされています。複数の歴史家の記述がある一方で、それを裏付ける決定的な証拠がなく、トゥキュディデスの沈黙や、後の条約との関連性の欠如などから、その存在自体が疑問視されています。カリアスの和約をめぐる論争は、古代史研究における史料批判の重要性を改めて示す、興味深い事例と言えるでしょう。今後の研究では、新たな証拠の発見や、既存の史料の再検討を通じて、この謎の解明が期待されます。古代ギリシアの歴史研究において、カリアスの和約は、史料批判の重要性と歴史解釈の困難さを示す象徴的な存在であり続けるでしょう。

もう一度検索