カルロッタ・グリジ

19世紀のバレエ界において、ロマンティック・バレエの象徴的作品として今なお上演され続ける「ジゼル」の初代主役として、その名を不朽のものとしているのが、イタリアの偉大なバレエダンサー、カルロッタ・グリジ（Carlotta Grisi, 1819年 7月28日 - 1899年 5月20日）です。本名をCaronne Adele Josephine Marie Grisiといった彼女は、その類稀なる才能と情熱的な表現力で、多くの観客を魅了しました。

幼少期と初期の訓練

現在のクロアチアに位置するイストリア半島のヴィジナダで生を受けたカルロッタは、幼い頃から舞踊への非凡な才能を示しました。彼女はその才能を伸ばすべく、ミラノにある名門、スカラ座付属のバレエ学校で専門的な訓練を受け、舞踊家としての基礎を築きました。

ジュール・ペローとの出会い

1836年、カルロッタはナポリに移り住み、ここで当時、傑出した振付家として活躍していたジュール・ペローと運命的な出会いを果たします。ペローはカルロッタの可能性を見抜き、彼女の師事を受け入れました。彼らの関係は単なる師弟関係に留まらず、舞台上のパートナー、そしてやがては人生の伴侶へと発展していきます。同年、彼女はペローの相手役としてロンドンで舞台デビューを飾り、輝かしいキャリアの幕を開けました。

「ジゼル」での伝説的な成功

カルロッタ・グリジのキャリアにおいて、最も重要な出来事は、1841年のパリ・オペラ座でのデビュー、そしてそれに続くバレエ史における金字塔「ジゼル」の初演です。同年6月に行われた「ジゼル」の世界初演において、彼女は主人公である村娘ジゼル役を演じ、観客と批評家から熱狂的な称賛を受けました。この時の相手役、貴族アルブレヒトを踊ったのは、後の大振付家マリウス・プティパの兄であるリュシアン・プティパでした。カルロッタの純粋かつ狂気に満ちたジゼルの演技は、この作品を瞬く間に人気作に押し上げ、彼女の生涯を代表する役となりました。

国際的な名声と活躍

「ジゼル」での成功は、カルロッタを国際的なバレエスターの座へと押し上げました。彼女はロンドン、ミラノ、パリ、ミュンヘンといったヨーロッパ各地の主要都市で引っ張りだことなり、その名は広く知れ渡るようになりました。絶大な人気は経済的な成功にも繋がり、1840年代半ばには、彼女の年収が当時の金額で2万フランという巨額に達したと記録されています。この経済的な自立は、彼女と師であるペローとの関係性にも影響を与えたと言われています。

ロシアへの旅

1850年、カルロッタは、芸術監督としてロシアのサンクトペテルブルクに招聘されていたジュール・ペローのもとへ向かいました。彼女はそこで、帝室劇場であるボリショイ劇場において再び「ジゼル」を上演します。ロシアにおける「ジゼル」の初演は、先行してファニー・エルスラーによって行われていましたが、カルロッタ・グリジの優雅さとドラマティックな表現は、ロシアの観衆に非常に強い印象を与え、熱狂的な歓迎をもって迎えられました。

引退と静かな晩年

1854年、カルロッタは新たな人生の局面を迎えます。彼女は、妹エルネスティーヌとフランスの著名な作家テオフィル・ゴーティエの娘である姪、ユディト・ゴーティエを伴い、ポーランドのワルシャワへと居を移しました。カルロッタ自身は舞台に立ち続けることを望んでいましたが、ポーランド貴族レオン・ラジウィルとの間に新しい命を宿していることが判明し、バレエダンサーとしてのキャリアに終止符を打つことを決意します。34歳で娘レオンティーヌ・グリジを出産した後、彼女はスイスのジュネーヴ近郊にあるサン・ジャンという穏やかな土地に移り住みました。そこで彼女は、舞台の華やかな世界から離れ、40年以上にわたる長い隠退生活を送りました。そして、1899年 5月20日、80歳でその生涯を静かに終えました。

カルロッタ・グリジは、「ジゼル」というロマンティック・バレエの不朽の名作を生み出す上で不可欠な存在であり、その繊細かつ力強い踊りは、後世の多くのダンサーに影響を与え続けました。ロマンティック・バレエの黄金時代を彩った彼女の功績は、バレエ史において重要な位置を占めています。

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