カロリーナ・フォルタン

史上初の外国籍女流棋士として、日本の将棋界に新たな歴史を刻んだのがカロリーナ・フォルタン女流初段（引退）です。ポーランドのワルシャワに生まれた彼女（1991年 6月17日生）は、改姓前はカロリーナ・クリスティーナ・ステチェンスカとして活動しました。片上大輔七段門下で、2023年3月末に引退するまで、そのユニークな背景と情熱で注目を集めました。

将棋との出会い

カロリーナ氏が将棋に出会ったのは2008年、17歳の時でした。ポーランド語に翻訳された人気漫画『NARUTO -ナルト-|NARUTO_-ナルト-』を愛読していた際、作中の登場人物・奈良シカマルが指していた「ジャパニーズ・チェス」に強い関心を抱きます。チェスとは異なり、相手から取った駒を自分の駒として使用できるルールに驚き、インターネットで将棋について深く調べ始めたのが始まりでした。

独学と情熱の日々

将棋の魅力に取り憑かれた彼女は、下校後すぐにインターネット将棋対戦サイト「81Dojo」で将棋を指すなど、毎日5時間もの時間を将棋の勉強に費やしました。その並外れた熱意と実力は、彼女の指し手を見た女流棋士の北尾まどかを驚かせたと言います。母国ポーランドには当時、将棋人口がほとんどいませんでした。対局相手を見つけるため、友人と将棋クラブを結成し、カフェなどで熱戦を繰り広げましたが、将棋盤は木製のワイン箱で代用し、駒は紙で手作りするなど、将棋への強い思いが窺える工夫を凝らしていました。

国際舞台での活躍と来日

アマチュアとして活動していたカロリーナ氏は、早くから国際舞台で頭角を現します。2011年にはフランスで開催された国際将棋フェスティバルに出場し、女性参加者の中でトップとなる4位に入賞。翌2012年5月には、海外招待選手として参加した第2期女流王座戦一次予選で、現役女流棋士である高群佐知子を破る快挙を達成。外国籍のアマチュア女性選手が公式戦で女流棋士に勝利したのはこれが初めてでした。2013年にも別の女流棋士を破り、対女流棋士2勝目を挙げた後、日本将棋連盟のプロ棋士養成機関である研修会を受験し、合格。外国籍の女性として初めて研修会に入会を果たしました。これを機に同年10月、日本へ移住。山梨学院大学の聴講生となり、後に経営情報学部へ編入、さらに同大学院社会科学研究科を修了しました。また、2014年にはハンガリーで開催されたヨーロッパ将棋選手権で二冠を獲得するなど、来日後も国際的な活躍を続けました。

プロ棋士への道

2015年、カロリーナ氏は第5期女流王座戦アマチュア予選を突破し、本戦入りまであと一歩と迫りますが、惜しくも敗退。しかし、その直後の研修会での好成績が認められ、外国籍の選手として初めて女流3級の資格を取得。同年10月1日付けで、史上初の外国人女流棋士として日本将棋連盟に正式に所属することとなりました。女流3級は「仮プロ」の身分であり、2年以内に規定の成績を上げて女流2級に昇級しなければ、プロ棋士として活動を続けることはできません。女流3級としてのスタートは黒星でしたが、粘り強く公式戦を戦い、2017年2月、第44期女流名人戦予選で決勝進出を果たし、念願の女流2級昇級を達成。これにより、日本将棋連盟所属の正規女流棋士となったのです。その後も順調に昇級・昇段を続け、2017年4月には女流1級、2021年4月には女流初段へと昇段しました。

プロとしての実績と人物像

プロ入り後、カロリーナ氏は多くの公式戦に出場しました。特に印象的なのは、2018年1月に行われた第45期女流名人戦予選での一局です。将棋界のレジェンドであり、女流名人10期を含むクイーン四冠を達成した清水市代女流六段（当時）を破る金星を挙げ、大きな話題となりました。この対局の内容について、師匠の片上大輔七段は「素晴らしかった」と絶賛し、将棋専門誌で詳細な解説が掲載されるほどでした。棋風は振り飛車党で力戦型を好み、対局が終わるとすぐに師匠に電話で結果を報告するなど、師弟関係を大切にしていました。将棋以外では、漫画や和食を愛好し、特に蕎麦や回転寿司、餃子が好きだと語っています。また、山梨学院大学在学中は甲府市に住み、将棋会館まで長距離を通学。2016年には甲府大使に任命され、地域との繋がりも深めました。研修会時代に苦労した正座を克服するため、詰将棋を解きながら長時間正座を続けるといったエピソードも残っています。2018年には大塚製薬と栄養スポンサー契約を結び、「カロリーメイト」のサポートを受け、彼女を主人公とするWebアニメも制作されました。年下の棋士からは「カロちゃん」の愛称で親しまれていました。

普及活動、結婚、そして引退

日本での対局活動の傍ら、カロリーナ氏は積極的に将棋の普及活動に取り組みました。英語圏向けのインターネット配信を行ったり、ブラジルの将棋大会優勝者と記念対局を行ったりと、グローバルな視点で将棋の魅力を発信しました。2021年からは、新型コロナウイルス感染症の流行を機に家族のいるポーランドへ一時帰国し、公式戦を休場。帰国後もヨーロッパ各地のアマチュア大会へのゲスト参加や指導対局を通じて、将棋の普及を続けました。プライベートでは、ヨーロッパ将棋選手権優勝経験を持つジャン・フォルタン氏と婚約を発表し、2022年8月に結婚。「カロリーナ・フォルタン」として新たな人生を歩み始めました。夫のジャン氏もまた、彼女と同様に『NARUTO』が将棋を始めるきっかけだったといいます。しかし、家庭の事情でヨーロッパに留まることを選択したため、日本での女流棋士活動を継続することが困難となり、2023年3月31日付けで引退しました。プロ棋士としての通算成績は36勝50敗でした。

カロリーナ・フォルタン氏は、異国の地で将棋のプロとなる夢を叶え、その情熱と才能で日本の将棋界に新たな風を吹き込みました。史上初の外国人女流棋士としての彼女の軌跡は、国境を越えた文化交流と、将棋の持つ普遍的な魅力の証と言えるでしょう。引退後もヨーロッパを拠点に将棋の普及に努めており、その活動は世界へ広がり続けています。

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