カーマン・ライン

カーマン・ラインとは、地球の大気圏と宇宙空間を区別するために、国際航空連盟（FAI: Fédération Aéronautique Internationale）が定めた概念的な境界線のことです。海抜100キロメートルという特定の高度に設定されており、この高度よりも上空を宇宙空間、下を地球の大気圏と位置づけています。この名称は、20世紀初頭に活躍したハンガリー出身の著名な航空宇宙工学者、セオドア・フォン・カルマン（Theodore von Kármán）博士の功績にちなんで名付けられました。カーマン・ラインは、特定の人工物や人間が「宇宙飛行を行った」と認定される際の基準の一つとしても参照されています。

境界の曖昧さと他の定義

厳密に言えば、地球の大気には物理的に明確な「果て」が存在するわけではありません。大気は高度が上がるにつれて徐々にその密度を減らし、宇宙の真空へと連続的に移行していきます。そのため、宇宙空間との境界をどこに引くべきかという問いに対する明確な答えはなく、その定義は目的や立場によって多様です。

カーマン・ラインの100キロメートルという値はFAIが採用する国際的な基準の一つですが、他の機関や国家が異なる定義を用いる例も見られます。例えば、アメリカ軍は高度約92.6キロメートル（50海里）を宇宙空間の始まりとみなしており、この高度を超えて飛行したパイロットなどに対して宇宙飛行士記章を授与しています。また、連邦航空局（FAA）も、高度約80キロメートル以上を宇宙空間と定義しています。

さらに高層の大気圏である熱圏や外気圏までを地球の大気圏に含めて考えるならば、その定義上の境界は海抜1万キロメートルといった非常に高い高度にまで広がると解釈することも理論上は可能です。カーマン・ラインは、こうした多様な考え方の中でも、航空や宇宙に関する国際的な記録認定などの文脈で広く受け入れられている特定の基準と言えます。

設定の経緯と根拠

カーマン・ラインが海抜100キロメートルと設定された背景には、名称の由来となったセオドア・フォン・カルマン博士による理論的な考察があります。彼は、固定翼機が揚力を利用して水平飛行を維持できる限界の高度を計算しました。高度が上がるにつれて大気の密度は低下するため、航空機が自身の重さを支えるのに十分な揚力を発生させるのが難しくなります。カルマン博士の計算によれば、このような揚力による飛行が実質的に不可能になる高度は、およそ100キロメートル付近であるとされました。これは、この高度を超えると、航空機は揚力ではなく、ロケットのように慣性や推力によって軌道を維持する必要が生じることを意味します。

実際の大気密度は様々な要因で変動するため、揚力の限界高度は厳密には一定ではありません。しかし、航空と宇宙の境界を工学的に明確で一貫性のある基準で定義する必要性から、フォン・カルマン博士はこの100キロメートルという値を、地球と宇宙の境界線として定めることを提唱しました。この提案が国際航空連盟（FAI）によって公式に採用されたことで、「カーマン・ライン」として国際的な認知を得るに至り、航空や宇宙飛行に関する多くの世界記録の基準点や、国際的な条約における宇宙空間の定義の参照として使われるようになりました。

見直しに関する議論

カーマン・ラインが設定された100キロメートルという高度は、フォン・カルマン博士の計算に基づいたものであり、工学的な基準として有用である一方、科学的な観点からは絶対的な唯一の境界ではありません。前述の揚力限界の計算も、前提条件の設定によって結果が変動しうるため、100キロメートルという値に物理的な特異点があるわけではなく、80キロメートルといった別の値と比べても、科学的な意味での大きな違いはないとする見方もあります。

こうした背景から、国際航空連盟（FAI）は2018年11月に、カーマン・ラインの定義高度を現在の100キロメートルから80キロメートルへ変更する可能性について検討していることを公表しました。科学的に80キロメートル付近も宇宙空間との境界として妥当であるという議論があること、また、前述のようにアメリカなど一部の国や機関が既に80キロメートル程度の高度を宇宙との境界とみなしている実態なども、この見直しの検討を促す要因となっていると考えられます。カーマン・ラインの定義が今後変更されるかどうかは、国際的な合意やさらなる検討の結果に委ねられています。

カーマン・ラインは、地球の大気圏と宇宙空間を区分するための重要な概念であり、航空から宇宙への移行を考える上で一つの基準を提供していますが、それが唯一の定義ではないこと、そしてその値自体が見直しの対象となる可能性があることを理解しておくことが重要です。

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